ARコンタクトレンズ実現に向けての課題
では、ARコンタクトレンズの実用化には、どのような課題があるのでしょうか。実は、Mojo Lensの開発には、日本国内でトップクラスのコンタクトレンズメーカーである「メニコン」が、共同開発パートナーとして加わっています。メディアの取材に対しメニコンの担当者は、現在の最も大きな課題はバッテリーであると話しています。特に給電については一層の技術向上が必要であり、世界的に見ても極小サイズのバッテリーの研究者や大手企業の開発は少ないことから、その解決のためには、独創的な技術の開発を社外も含めて模索する必要があるとしています。
また同社は製品の安全性に関わる重要な役割も期待されています。ARコンタクトレンズでは、いわゆるハードコンタクトレンズの中に複数の極小電子デバイスを正確な場所に埋め込む必要があるほか、レンズを通して多くの酸素を供給しなくてはなりません。特に、ARコンタクトレンズは従来のコンタクトレンズよりもサイズが大きく、覆う目の範囲も広いこともあり、酸素の透過性をより高める必要があります。
さらに、コンタクトレンズはいわゆる医療機器に当たることから、米国では、実際に人間に装着して開発を進めたり、米国FDA(食品医薬品局)の認可を取ったりする重要なステップがあります。また日本においても、コンタクトレンズは高度管理医療機器として医薬品医療機器法の規制対象となっていることから、製造や輸入にあたっては厚生労働大臣の承認が必要になると考えられます。
ARコンタクトレンズで実現する未来とは
ARコンタクトレンズが最初に実用化を想定しているのは、医療分野とされています。Mojo Visionでは、弱視など視覚に障害がある人にMojo Lensを装着してもらうことで、見ている物の輪郭を強調し、視力を補うことを目指しています。
また、ARコンタクトレンズのメリットの中でもユニークなのは、装着して視線を動かすだけで、画面をクリックしたり、スワイプできるため手での操作が不要になる点です。たとえば、ランニング中のコースや心拍数、ゴルフ中のコース情報やスコア、ドライブ中の地図や渋滞情報、工事現場なら設計図や機器のマニュアル確認などが挙げられるでしょう。火災現場に突入する消防士や救急医療の現場が必要とする情報も、ARでリアルタイムに提供することができると考えられます。
具体的な例としてMojo Visionのホームページで紹介されているのが、AmazonのAlexaと連携したショッピングリストの活用です。そこでは、買い物の前に、購入予定の商品を音声でAlexaのショッピングリストに登録し、ショッピングセンターでARコンタクトレンズに投影することで、買い忘れを防ぐ様子が動画で実演されています。
同社のホームページでは、ほかにアスリートとARコンタクトレンズの相性の良さも指摘しています。現在でも多くのアスリートは、スマートウオッチをはじめとするウェアラブルデバイスを活用しています。ですが、トレーニング中にそのデータを確認するには、一旦動作を中断しスマートフォンのディスプレイなどを確認しなくてはなりません。しかし、ARコンタクトレンズを装着していれば、トレーニングやパフォーマンスを中断する必要がなく、常にそのデータにアクセスできるのです。
ほかに、常に装着しているというコンタクトレンズの特性により、体の情報を取得しやすいというメリットもあります。たとえば、眼圧をモニターすることは緑内障による失明のリスクを下げることにつながりますし、糖尿病の患者の血糖値や、心臓疾患のある人の血圧や脈拍などの情報も、モニタリングできるようになるかもしれません。ARコンタクトレンズには、アイデア次第で無限の可能性が広がっているといえるでしょう。
ここまで述べたようにARコンタクトレンズには、さまざまな分野での活用が期待できる一方で、残念なニュースもあります。これまでARコンタクトレンズ開発の先端を走り、当記事でも紹介したMojo Vision社のMojo Lensの開発が、世界経済の低迷による資金難などを理由に、一時中断することが発表されました。今後は、Mojo Lensのために開発してきたマイクロLED技術にリソースを集中するものの完全に開発を中止するのではないようではあります。早期の再開に期待したいところです。