著者:庄司 剛
北参道こころの診療所院長
1999年に筑波大学医学専門学群卒業後、東京大学医学部附属病院心療内科、長谷川病院精神科を経て2008年~2013年までロンドン、タビストッククリニックに留学。
帰国後、心の杜・新宿クリニックに在籍し、2021年より医療法人イプシロン北参道こころの診療所院長に就任
日本精神分析学会、日本精神分析的精神医学会などに所属。
精神保健指定医、BPC (British Psychoanalytic Council)Psychodynamic Psychotherapist、TSP (The Tavistock Society of Psychotherapist) メンバー。
無意識を探る新療法「精神分析」を世に知らしめたい
――ご著書『知らない自分に出会う 精神分析の世界』刊行のきっかけをお聞かせください。
「精神分析的な考え方」を、できるだけ多くの人にご紹介したいと思ったからです。
精神分析とは、普段は意識することがない心の奥底である「無意識」を探索し、理解しようとする試みです。現代の精神医学や医療心理学の世界ではマイナーな扱いを受けていますが、とても興味深く、面白い学問だと私は考えています。
また、心の問題を抱えた人だけでなく、一般の人にも参考になる部分が多いのです。自分の無意識的な領域をひもとくことで、本来の自分でも気づかなかった、あるいはあえて見ようとしてこなかった感情が見え、発言や行動の理由がわかることがあります。
精神分析の考え方が世の中に広まれば、社会生活はもっと豊かに奥深く感じられるようになるのではないか。それがこの本を出版した最大の理由です。
――カウンセリングと「精神分析」は、どのように違うのでしょうか。
カウンセリングとは、悩みや不安を抱えた人の相談に乗り解決を手助けすることを差します。
とても幅広い概念で、「来談者中心療法」「認知行動療法」「対人関係療法」「森田療法」など、治療のやり方も千差万別です。精神分析はその中の1分野で、「無意識」に焦点を当てるところが最大の特徴です。
本来の精神分析では、週4回以上のペースで治療を行います。ただし、患者さんのご都合を考えるとなかなか難しいのが現実です。そこで精神分析のエッセンスを応用し、週1、2回という利用しやすい頻度でセラピーを行うのが「精神分析的精神療法」です。
――実際の治療は、どのように行われるのでしょうか。
本来の精神分析では、患者さんに寝椅子(カウチ)に横たわってもらいます。「精神分析的精神療法」では、週1回の場合、椅子に座って対面で行うのが普通ですが、治療の頻度が増えるにつれ、カウチを使うケースが増える傾向です。
1回の治療は45~50分で、まずは患者さんが頭に思いつくまま連想したことを自由に話してもらいます。その連想の中身について、隠された無意識の感情や意味についてセラピストと一緒に考えてきます。
治療が進んで信頼関係が築かれると、患者さんは治療者に対して「私を助けてほしい」「もっと自分を分かってほしい」「優しくしてほしい」「見捨てられるのが怖い」などの感情を抱くことがあります。これらの感情は「転移」と呼ばれ、無意識の領域で働く部分が大きいため、ここからさらにやり取りを重ねることで無意識の領域を探っていくことが可能です。
――クリニックを訪れる患者さんの中で、このところ目立っている症例はどんなものですか。
一般の心療内科と同じで、人間関係の悩みや仕事のストレスなどにより、抑うつや動悸などの症状を抱えて来院される方が多いですね。
ただし、中には精神分析的精神療法を期待されている方もいらっしゃいます。「今、人間関係で悩んでいるのは、子どもの頃に親との関係がうまくいっていなかったのが原因ではないか」などと考え、自分の無意識を探ることで問題を解決しようと当クリニックを訪れているのです。
――精神分析的精神療法は、どんな人に向いているのでしょうか。
精神分析を受けても、すぐに悩みや不安がすっきりと解決できるわけではありません。場合によっては、無意識の領域に踏み込んだために知らなくていいことを知ってしまい、かえって嫌な思いをする危険性があるかもしれないのです。
ただ、生きにくさや人間関係のトラブルに悩み、その背景にある事柄について興味を持っている人にとっては、精神分析はとても参考になると思います。
患者が安心して話せるよう、服装やインテリアにもこだわる
――庄司先生が精神科医を目指したきっかけを教えてください。
昔から、映画や小説など物語が好きで、人と深く関わる仕事がしたいと考えていました。それで、人と真正面から向き合い、心の奥底まで踏み込んで患者さんを支える精神科医を目指したのです。精神科医や心理士ほど誰かの個人的な人生に深くコミットする仕事ってなかなかないですよね。
実際になってみると、人それぞれ考え方も送ってきた人生も全く違うことが分かり、改めて人の心は興味深いと感じますね。
――庄司先生は、筑波大学医学専門学群を卒業後、東京大学医学部附属病院の心療内科に入局されました。さらに、ロンドンにあるタビストッククリニック成人部門で5年間にわたって精神分析を学ばれたわけですが、なぜ留学をしようと思ったのでしょうか。
ロンドンは、精神分析の始祖であるフロイトが亡命し、人生の最後を過ごした場所です。そうした背景があったため、ロンドンは伝統的に精神分析研究の中心地の一つでした。優秀な研究者に学びたい、先端の研究成果に触れたいと考えたのが、留学した理由です。
精神分析家になるためには、トレーニングの一環として、自らが週4回以上のセラピーを受けることが必要です。私も5年間の留学期間中、個人で治療を行っている分析家の元に通い、週5回の毎日分析を受けました。家族よりも長い時間、普段家族にも話さないようなプライベートな気持ちまで直接分析家と話す中で、私自身、いろいろな気づきを与えられましたね。治療者としてというよりもむしろ自分自身に関して人として気づいたことが多かったと思います。
――留学を終えて日本に戻られ、まずは「心の杜・新宿クリニック」で勤務。そして2021年4月、「北参道こころの診療所」の院長に就任されました。このクリニックの特徴とはなんでしょうか。
最大の特徴は、私を含めた医師の多くが、精神分析についての研修をおこなってきていることです。一般的な心療内科、精神科外来に加え、男性、女性含め熱意と経験のある複数の医師・心理士が精神分析的精神療法を提供しています。
クリニックは、東京メトロ副都心線の北参道駅から徒歩2分、JR中央線・総武線の千駄ヶ谷駅から徒歩8分という場所にあります。アクセスがいいため、遠くから来院される患者さんもたくさんいらっしゃいます。
――先生は治療される際、白衣ではなく私服を着られると伺いました。なぜでしょうか。
私は個人的にクリニックで診療するようになってからずっと私服で診療しています。精神科の診療に具体的に白衣の必要性は少ないですし、人と人とが話すのに不自然な感じがするので。でもこれは人それぞれの感覚なので、私たちのクリニックでは特にルールにはしていません。それぞれ医師の自主性に任せています。
内装も褒めていただくことは結構あります。私としてはあまりクリニックや病院らしくはしたくなかったのです。誰かの家のリビングか書斎にでも招かれたような雰囲気でくつろいでいただければと思ってこんな内装にしています。
――医師と患者さんとの相性の良し悪しは、治療に影響を及ぼすのでしょうか。
精神療法では、治療者と患者さんの間に信頼関係を築かなければなりません。ですから、医師との相性があまりに悪いと感じた場合は、担当の変更を申し出てもいいと思います。ただし、「相性がいい治療者=効果が出る」と一概には言い切れません。
例えば、年長の男性医師に対し、初対面で苦手意識を持った患者さんがいたとします。そして何度か治療を受けるうちに、「医師が自分の父親に似ていることが、苦手意識の原因だった」と分かったらどうでしょうか。そこを手がかりにセラピーを進めれば、父親と印象が重なっていた医師にきっぱり反論できるようになったり、父親との関係について整理ができたりして、患者さんは前に進めるのかもしれないのです。
もちろん、相性の悪い医師のセラピーを無理しながら受け、その結果、心が傷つくこともあるでしょう。このあたりは、教科書的な正解があるわけではなく、ケースバイケースの対処が必要です。
患者ファーストで他の相談機関を紹介するケースも
――庄司先生が治療を行うとき、何を大切にしていらっしゃいますか。
私たちは日々、精神分析について研究を積み重ねています。しかし、この世界に「唯一の正解」はありません。患者さんにはそれぞれの人生があり、心に抱えた傷の形もまた、人それぞれなのです。ですから、「このケースではこういう治療を行うべきだ」と決めつけることはしないようにしています。患者さんのお話をしっかり聞き、何が起きているのか、どういう風に苦しんでいるのかきちんと理解するところからすべては始まります。
その上で、薬物療法が必要であればもちろん行います。実際、薬物療法が一番即効性が高く、有用な場合は多いです。認知行動療法など別の治療法の方がベターだと判断すれば、そういった医療機関を紹介することもあります。
――別の医療機関を紹介するケースがあるのですか。
はい、もちろん当院で治療を行うよりも良い選択肢がある場合にはそちらを紹介します。例えば当院では依存症や中学生以下の若い方の治療は専門外ですので、そういう治療が必要な方には紹介をいたしますし、入院をしなくてはならない場合、あるいは入院治療が逼迫すると予想される場合は入院施設のある医療機関を紹介します。
他にも例えば依存症やDV被害などのグループ治療が最適だろうと考えた患者さんには、当クリニックの上階にある原宿カウンセリングセンターをおすすめすることもあります。
――今後、北参道こころの診療所をどうしていきたいですか。
クリニックの規模を大きくすることは考えていません。もちろん、精神分析的精神療法は素晴らしいと思っていますから、後進の指導などを通じて普及を進めていきたいとは思っています。今回、『知らない自分に出会う 精神分析の世界』を書いたのも、そうした方針の一環です。
――庄司先生個人の目標はなんでしょうか。
現在は「精神分析家」という資格の取得を目指して研修中です。また後進の医師や心理士の先生方に対する教育にも力を入れていきたいと思います。
またこのような機会をもらって一般の人にももっと分析的な考え方を知ってもらえたらいいなと思っています。ちょっと難しそうだったり、敷居が高い気がする方もいるかもしれませんが、実はとても身近な、普通のことなのです。
例えば映画を見たり漫画を読んだりしていても、そんなに感動的なものじゃないと思っているのに意味もわからず涙が出てくることってあるじゃないですか。それは意識していない、あるいは本当は意識に近いけど見ないようにしている気持ちが刺激されているんだと思うんです。
そういった隠された気持ち、感情についてどう考えていくか、どう扱っていくかということなんだと思います。そして我々は知らず知らずに無意識の影響を受け、意識すること、関心、考え方が制限されていることがあると思うので、それをどうやって自由に広げていけるか、見えない、あるいは無視していることまで向き合っていけるかということなので、そういう考え方への興味を世間一般にも広げていけたらいいと思っています。
――最後に、心や精神の不安、悩みを抱えている方へのメッセージをお願いします。
悩みがあるのに、誰にも相談できない人は少なくありません。ひとりで悩みを抱え込むと、考え方も偏りがちになりますから、なかなか良い方向に考えていくことは難しいことが多いと思います。
周りに相談に乗ってくれる人がいない、あるいは、人に頼るのが苦手など、相談しづらい人にはそれなりの事情があるのだと思います。そういう時こそ、専門家に相談してほしいです。ぜひ気軽なお気持ちで、早めに相談してください。
書籍情報
理由の分からない憂うつ、怒り、不安、落ち込み
精神分析でその原因を探る
自分でもなぜか理解できない発言や行動の原因は
過去の記憶や体験によって抑え込まれた自分の本来の感情が潜む
「無意識的な領域」にあった!
日常で起こるさまざまなできごとに対して、自分で判断して行動していると思っている一方で、「あんなことを言うつもりじゃなかったのに」「なんであんな間違いをしてしまったんだろう」など自分でも理解できない発言や行動をすることがあります。
人の心には、自覚している「意識的な領域」と自覚していない「無意識的な領域」があり、無意識的な領域をひも解いていくと、過去のつらい記憶や体験から抑え込んでいた自分の本来の感情が見えてきます。
それを意識的な領域に戻して向き合うことで思いもよらない発言や行動の原因を解明することができるのです。
精神科の医師として、不眠症やうつ病・パニック障害などの症状に悩む人を診療してきた著者は、自分でも意識することのできない心の奥底、無意識を探索し、理解しようとする精神分析を行っています。
本書では具体的な事例を紹介しながら「精神分析的な考え方」がどういったものかを考察しています。
自分自身の心を深く知りたい人に読んでほしい一冊です。
書籍情報はこちら>https://wadainohon.com/books/978-4344934474/