今回は、調整型の遺産分割協議の成立について見てきます。※本連載では、相続事件研究会の編集による書籍『事例に学ぶ相続事件入門―事件対応の思考と実務』(民事法研究会)より一部を抜粋し、さまざまな事例を元に、遺産分割協議の調整事例をご紹介します。

遺産分割の修正案を提案

前回の続きです。

 

X弁護士は新たに作成した分割案を手に、指定された喫茶店に出向いた。

 

⑴遺産分割の修正案

まず、確実なところから決めると、

 

・二男E男は自宅を相続する。

・妻B女の居住権を確保すべく、実家はB女が相続する。

・長女C子はアパートを相続したくないとのことだったため、アパートは長男D男が相続する(B女とD男はワンセットと考える)。

・C子は現預金と保険金を相続する。

 

というところであろうか。あとは、

 

・代償金は計算上発生しうるが、どの程度にするかは話合いで決める。ただしE男は妻が生命保険を相続しているため、若干の現金は用意できるはずである。

・遺産分割協議とは別になるが、同時期にD男の二男自宅についての6分の1持分をE男に移転する。相当価格での売買が困難になると、譲渡所得税の問題が生ずることを説明する。

 

このあたりが落としどころであろうか。上記は様子をみながら提案することにする。

 

[図表1] 遺産分割案の骨子・修正分割案

 

法定相続分どおりではないが、皆満足の内容

⑵遺産分割協議の成立

X弁護士が喫茶店に着くと、今回は相続人全員が揃っている。Y税理士にも同席してもらう。

 

X弁護士は、あらためて今回集まってもらった趣旨を説明し、遺産分割案を記載した書類を示しながら説明した。当初は緊張した表情だった二男のE男も、X弁護士らが丁寧に説明し、時には笑顔を交えながら話す様子に、徐々にリラックスする様子がうかがえた。

 

二男E男からは、不動産の評価額について質問が出たが、Y税理士から説明を受け納得した表情を浮かべた。これで相続人の範囲、遺産の範囲および評価額といった分割協議の前提問題はクリアである。あとは分け方だ。

 

法定相続分どおりでなくともよいが、一応の目安にはなることを説明しつつ、まずは不動産の割り付けについて説明する。特に違和感なく受け入れられそうである。

 

問題は代償金の金額である。二男E男に問うと、妻の保険金の範囲であれば代償金を払うことは可能との回答であったが、同時に長男D男の自宅持分を移転してほしいとの要望も出た。

 

厳密に考えると、長男D男の代償金額は不十分であるし、二男の自宅持分をD男から譲渡を受ける法的理由もない。しかし、C子やD男は、E男がきちんと母親の面倒をみることを約束するのであれば受け入れるとのことであった。B女も異論はない。

 

X弁護士は、Y税理士とも協力しながら、相続人らの様子をみつつ慎重に話を進め、おおむね上記の方向で分割協議を成立させることの同意を得た。最後に、相続開始から遺産分割協議成立までの間のアパート賃料をどうするか、法定相続で取得するということもあるが、話合いで決めることでもかまわないと述べると、アパートを相続する長男のD男が取得する代わりに、固定資産税等の費用もD男が負担する、という結論に落ち着いた。

 

これらを確認したX弁護士は、正式な遺産分割協議書は後日作成し郵送持ち回りで調印することを説明し、面談を終了した。

 

[図表2]は成立した遺産分割協議書である。

 

[図表2] 遺産分割協議書

 

【図表3】

 

後日、相続人らが署名押印した遺産分割協議書とともに、登記を担当する司法書士に書類を引渡し登記手続も完了した。同時に、二男E男自宅の移転登記に関し簡単な合意書を作成して手続を行った。

 

これで業務は終了である。成立した遺産分割協議は、法定相続分どおりではなかったが、妻B女の介護の問題などが解決したため、皆満足してくれたようである。調整型の遺産分割はすべての相続人に目配りする必要がある点で気苦労が多いが、だからこそ円満に成立した場合には喜びも大きい。X弁護士はまた1つ事件が解決したことに満足し、記録をキャビネットに閉まった。

 

※本稿は、複数の事例を組み合わせるなどして構成したものであり、実際の事例とは異なる。

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    本連載は、2016年2月12日刊行の書籍『事例に学ぶ相続事件入門』から抜粋したものです。稀にその後の法律改正等、最新の内容には一部対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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