今回は、魅力的なUXを創り出す「アップル」のビジネスモデルを見ていきます。※本連載は、シーオス株式会社の代表取締役・松島聡氏の著書、『UXの時代――IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか 』(英治出版)の中から一部を抜粋し、AIやIoTなどテクノロジーの進化によって大変革期を迎えている経済・産業の今とこれからについて解説します。

アイフォーンの特徴は「UXの徹底追求」

かつて世界の市場で大きなシェアを獲得し、日本の経済を牽引してきた多くの大手メーカーが現在、トヨタなど一部の例外を除き、業績の不振にあえいでいる。中国やインド、韓国、台湾など新興国メーカーとの低価格製品にシェアを奪われていることも大きな要因だが、より深刻な問題は、日本のメーカーの強みとされてきた高機能・高性能な製品が、かつてのようにユーザーの支持を得られなくなっていることだ。その典型的な例が電機メーカーだろう。かつて各社が世界のトップシェアを争っていたテレビなど多くの製品分野が、その優位を失ってしまった。

 

これと対象的なのがアップルだ。その製品はスマートフォンやパソコンなど日本のメーカーも造っているものだが、世界の市場で大きな支持を獲得し、誰もが知るトップ企業になった。その違いはどこにあるのだろう?

 

アップルもハードウェアの性能には日本のメーカーに負けないくらいこだわっている。たとえばアイフォーンは4Sの時点で80年代のスーパーコンピュータ、クレイツー(Cray-2)と同レベルの性能があり、写真や動画の画質、画面の美しさ、処理の速さなどもハイレベルだ。

 

だがアイフォーンの特徴は機能・性能ではなく、それを活かしたUXを徹底的に追求し、実現している点にある。アップルの製品はデザインがシンプルで使いやすく、直感的に操作できる。日本製品のように詳細な取扱説明書はないが、シンプルなボタンや画面に触れながら、自然と使えるようになる。使えば使うほど自分に馴染んできて、愛着が湧いてくる。高機能・高性能を意識せずに使い、生活を楽しくすることができる。ユーザーそれぞれが自分なりの楽しさや感動を創り出し、味わうことができる。

ビジネスモデルに水平協働型の仕組みを加えたアップル

アップルはこうしたUXを創り出すために、ハードウェアの細部まで徹底的にこだわる。このこだわりはアップルをUX追求企業に育て上げたスティーブ・ジョブズから始まっている。

 

ジョブズはデザインの色やかたち、質感などあらゆる要素にこだわり、材料やフォルム、色などの膨大な候補を検討し、デザインへと煮詰めていった。こうしてアップルのハードウェアは単なる製品、電子機器ではなく、ユーザーが保持していること、眺めたり触れたり操作したりすることに喜びが味わえるような「もの」になった。

 

このこだわりは今のアップルにも生きている。たとえばアイフォーン7で登場した新色「ジェットブラック」は磨き上げたガラスのような光沢を持つ独特の質感が圧倒的人気を呼んでいるが、これは精密な9段階の酸化皮膜処理と研磨加工を施すことによって生まれている。こうした手間を惜しまないこだわりの中に、アップルが魅力的なUXを創り出すことができる秘密が詰まっているのだ。

 

アイフォーンはPC並みに高価格だが、世界の市場で高いシェアを維持しているのは、ユーザーが納得できるだけの価値を提供しているからだ。日本製より低価格な新興国製品が多いアジア市場でも、アイフォーンは価格競争とは別の次元で支持されている。

 

さらにアップルが優れているのは、垂直統合型のビジネスモデルに水平協働型の仕組みを加えたことだ。アイフォーンを世に送り出したとき、アップルはアプリケーションソフトの開発に画期的な方法を採用した。ソフトウェアベンダーのような専門的な技術や開発環境がない一般人でも開発ができるプラットフォームを用意した。無料のアイフォーンアプリ開発ソフトXコードをアップルストアからダウンロードし、アップル・デベロッパー・プログラムという開発を支援するシステムに登録すれば、アプリの開発ができるオープンな仕組みになっている。

 

開発したアプリはアップルの審査を受け、これにパスすればアイフォーンやアイパッドなど世界中のiOS利用者に公開・販売される。このオープンな仕組みによって、世界中から膨大なアプリが登録され、多彩なUXを提供することができる。中にはアマチュア開発者も多いが、彼らの多くは自身がユーザーであり、プロの開発エンジニアにはない発想から次々と魅力的なアプリを考えだし、ユーザーに新しいUXを提供する。ユーザーが商品開発・販売者にもなれるこの水平でオープンなアプリ開発は、アップルが作り出すUXの不可欠な要素になっている。

次の時代を制するのは「水平協働型」のビジネスモデル

電子機器メーカーとしてのアップルは、中国などの下請けメーカーを統制する垂直統合型ビジネスモデルで運営されているが、アプリのオープンな開発プラットフォームによってアップルは、水平協働型のビジネスモデルを加えることができた。垂直統合型と水平協働型を組み合わせることによって、アップルは時価総額世界一の企業になることができたと言っても過言ではないだろう。

 

しかし産業界の大きな流れにおいて、この組み合わせモデルがアップルの最終進化形ではないだろう。アップルのCEOティム・クックは「スマートフォンはまだ草創期にある」と語っているが、それはアイフォーンがこの先さらに大きく進化するということであり、アップルのビジネスモデルも変わっていく可能性があるということでもある。

 

これからは垂直統合型の組織やリソースを全く持たない、ユーザーが自分で商品やサービスを創り出す、完全に水平協働型のビジネスモデルが広がり、より効果的にUXを創造・提供するようになる。アップルの例で見たように、ユーザーのオープンな水平協働は、従来の垂直統合型・垂直統制型のビジネスモデルよりはるかに効率的・効果的なUX創造の仕組みだからだ。

 

ウーバーやエアビーアンドビーのようなユニコーン企業はその先駆けだが、その先にはもっと広大な産業分野で水平協働型のビジネスモデルが出現し、次の時代を制することになるだろう。

UXの時代――IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか

UXの時代――IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか

松島 聡

英治出版

IoT、人工知能、ビッグデータ、センサー、ロボティクス…テクノロジーの進化と普及は、企業のあり方、個人の働き方を根底から変え、かつてないUX(ユーザーエクスペリエンス)を生み出す―。モノ・空間・仕事・輸送の4大リソース…

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