今回は、消費者をサポートするサービス機関へ移行する企業変革の例を見ていきます。※本連載は、シーオス株式会社の代表取締役・松島聡氏の著書、『UXの時代――IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか 』(英治出版)の中から一部を抜粋し、AIやIoTなどテクノロジーの進化によって大変革期を迎えている経済・産業の今とこれからについて解説します。

「車に乗ってどこに行き、何をするか」が重要に

前回の続きです。

 

もちろんこれは、ただシステムを作れば機能するものではなく、労働者の高い責任意識や勤勉さ、ホワイトカラーとブルーカラーのハイブリッドとも言える日本独特の労働者による創意工夫があって初めて可能になる。

 

トヨタ生産方式はアメリカの研究機関や産業界でも注目されて研究・導入が進み、「カイゼン」などは英語にもなったが、根底には会社への忠誠心や自発的に創意工夫する文化など、日本独特の文化がある。制度・システムとして固定せず、ボトムアップで常に新たなムダを見つけ、なくし続ける永久革命的な努力は今もトヨタの大きな武器だ。

 

しかし、ここでもう一度思い出してほしいのは、このトヨタもあくまで垂直構造の中で進化を遂げた企業だということだ。産業側から製品を一方的に造って市場に流すフォード型のプロダクトアウトから、市場が必要な分だけ必要なものを造るマーケットインへの転換は、たしかに大きな革命だったが、企業としての形態はあくまで垂直統制型モデルの範疇にある。

 

消費者・マーケットへの対応は垂直の作業の連鎖、垂直のモノの流れの制御によって行われる。これを統制しているのはあくまで企業だ。いくらユーザーのニーズを調査して、よい商品を開発・製造しても、それはあくまで垂直統制型メーカーの組織や設備を前提としている。そこから生まれてくるのはよく売れる量産品であって、UXの時代のユーザーが求めている体験ではない。求めているUXは必ずしもトヨタの利益を最大化するような製品を買うことではない。時代はもうその次の段階へと移行しようとしている。

 

これからのユーザーは多様な楽しさを体験するために、限られた車を所有するよりも、色々な車をシェアすることを選ぶかもしれない。そういうUXにおいては「どのメーカーのどんな車に乗るか」ではなく、「車に乗ってどこに行き、何をするか」が重要になる。

 

ユーザーは自分たちで情報を集め、魅力的な旅やドライブを企画し、参加者を募り、イベントとしてそれを楽しむようになるかもしれない。ユーザーのそうした行動をサポートするサービス、彼らの想像力や行動力を上回る魅力的なUXを考え提供してくれるサービスがあれば、それが新しいビジネスとして成長するかもしれない。イベントに最適な車やアクティビティーのツールなどはそのつど変わるから、それらを買って所有するよりシェアしたほうが合理的だ。

消費者発信のサービスは「産業界の枠」を超える

製品の開発・製造のかたちも変わりつつある。テスラモーターズのようなベンチャーが、時代のニーズに即した電気自動車を大手メーカーよりはるかに素早く開発し、商業化に成功しているのを見ても、巨大化したメーカーの弱点と、これからの製造業の方向性がわかる。

 

テスラモーターズ自体がシェアリング型のビジネスモデルであるとは言わないが、少なくとも様々な技術や設備を持つ企業と水平連携して、大手メーカーにない開発スピードや新たな市場開拓を実現していることは否定できない。

 

さらに本書『UXの時代――IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか 』の序章で紹介したネットワーク型・シェアリング型の技術による、はるかに機敏で自在な開発・生産モデルが社会に広まっていけば、垂直型メーカーの開発・調達・生産モデルは過去のものになり、機敏なベンチャーによるビジネスが、新たな可能性を提示するようになるだろう。そこでは「自動車産業」という区分や巨大な組織・設備はあまり意味を持たない。現にグーグルやアップルのような「IT」に分類されてきた企業が、そのITを武器に自動車に新たな価値を加えたサービスに参入しようとしている。

 

おそらくこうした「IT企業」の自動運転がめざしているのは、自動車というハードウェアに新たな機能を組み込むことではなく、自動車に乗る人間の体験を新しい次元に進化させることなのだろう。それを可能にするのはソフトウェアだ。かつてコンピュータでハードからソフトへ主権が移ったような大転換が起き、自動車に関わる付加価値の大きな部分をそうしたソフトウェアが担うようになる可能性は十分にある。

 

その先にあるのは、産業界の枠を超えた消費者発信のサービスだ。やがて消費者は自ら考えたアイデアで、多くの商品やサービスを作り、シェアし、活用したいと考えるようになるだろう。そのときの主役は大手メーカーでもベンチャーでもなく、消費者だ。彼らをより満足させるようなサポートを提供できる企業・組織だけが存続できるだろう。

 

自分の都合で作れるだけ作り市場を支配した鉄鋼や自動車の巨大メーカーが、やがて市場に求められるものを求められる分だけ求められたときに提供するメーカーへと生まれ変わらざるを得なかったように、企業・産業が市場・社会と一体になって消費者・ユーザーをサポートするサービス機関へと生まれ変わらなければならない時代が近づいている。

UXの時代――IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか

UXの時代――IoTとシェアリングは産業をどう変えるのか

松島 聡

英治出版

IoT、人工知能、ビッグデータ、センサー、ロボティクス…テクノロジーの進化と普及は、企業のあり方、個人の働き方を根底から変え、かつてないUX(ユーザーエクスペリエンス)を生み出す―。モノ・空間・仕事・輸送の4大リソース…

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