これまで中央銀行が伝統的に行ってきた金融調節は、コール市場における金利を誘導目標とするものでした。しかし2013年から日本銀行が実施したのは、それまでとはまったく異なる非伝統的な金融調節でした。本連載では、専修大学経営学部の佐々木浩二准教授による著書『ファイナンス ―資金の流れから経済を読み解く―』(創成社、2016年)の中から一部を抜粋し、日本銀行が始めた「量的・質的金融緩和」について、その概要を解説します。

「異次元の緩和」を分かりやすい数値目標で示す

2013年4月3日と4日の両日に開催された金融政策決定会合で「量的・質的金融緩和」という新たな金融調節の方針が決定されました。図表1は方針の特徴をまとめたものです。まず感じられるのは,方針のわかりやすさです。2年で2%,2年で2倍など「2」を多用し,金融調節の方針を多くの人に理解してもらう工夫がみえます。従来の方針は短期金融市場の専門家に向けて書かれ,短期金融市場に関わらない金融機関の人,金融を専門としない経済学者,政治家,官僚,一般の人には理解しえないものでした。「異次元」ともいえる方針は,経済活動を営む多様な人びとに「なにかが変わるのではないか」という印象を与えました。

 

図表1 質的・量的金融緩和(1)

予想外のタイミングと規模による追加緩和を実施

2014年10月31日に開催された金融政策決定会合で「量的・質的金融緩和」の拡大が決定されました。2013年4月の会合で「経済・物価情勢について上下双方向のリスク要因を点検し,必要な調整を行う」(2)としたところ,2014年4月に実施された消費税率引き上げの影響,中国経済と欧州圏経済の停滞,資源価格下落による資源輸出国経済の不振などをみて,一層の緩和に踏み切りました。この際,「今回の措置が人々のマインドに働きかけるものであることを踏まえると,戦力の逐次投入と受け取られないよう,リスク量や副作用も勘案のうえ,可能な限り大きな規模を目指すべきである」(3)という意見が出され,議論となりました。

 

投票の結果,会合の議決権を持つ9人のうち賛成5人,反対4人という最小差で金融緩和の拡大が決まりました。図表2にあるように,30兆円買い増し,保有国債の残存期間3年伸張,買い入れ額3倍など「3」を多用して,金融緩和を大規模に拡大することを強調しました。専門家が全く予想しないタイミングと規模で実施された追加緩和は,金融市場に衝撃を与えました(4)

 

図表2 質的・量的金融緩和の拡大(5)

(1)日本銀行,「量的・質的金融緩和」の導入について,黒田(2013)を参照して作成。方針の大部分は9人全員賛成で,金融緩和の継続期間は8人賛成1人反対で可決された。

(2)日本銀行,「量的・質的金融緩和」の導入について(2013年4月4日,p.2)から引用。

(3)日本銀行,金融政策決定会合議事要旨(2014年10月31日開催分,p.9)から引用。

(4)イールドカーブ下押し圧力は強く,2015年1月に4年までの期間の金利がマイナスとなった。2015年1月19日には10年物金利が0.206%となった。金利は財務省,国債金利情報から取得。

(5) 日本銀行,「量的・質的金融緩和」の拡大(2014年10月31日)を参照して作成。本書は2015年秋に執筆した。その後に決定された政策について本文で言及しない。

 

参考文献

・株式会社大阪取引所『国債先物・オプション取引市場の歩み(2005年~2015年)』2015年。

・黒崎哲夫・熊野雄介・岡部恒多・長野哲平『国債市場の流動性:取引データによる検証』日本銀行ワーキング ペーパーシリーズ,15-J-2,2015年。

・黒田東彦『量的・質的金融緩和―読売国際経済懇話会における講演―』2013年。

・齋藤雅士・法眼吉彦・西口周作『日本銀行の国債買入れに伴うポートフォリオ・リバランス:資金循環統計を用いた事実整理』日銀レビュー,2014-J-4,2014年。

・土川顕・西崎健司・八木智之『国債市場の流動性に関連する諸指標』日銀レビュー,2013-J-6,2013年。

・戸原四郎『ドイツ資本主義戦間期の研究』桜井書店,2006年。

・日本銀行企画局『「成長基盤強化を支援するための資金供給」について』日銀レビュー,2010-J-13,2010年。

・日本銀行企画局『「量的・質的金融緩和」:2年間の効果の検証』日銀レビュー,2015-J-8,2015年。

・日本銀行金融市場局『2008年度の金融市場調節』日本銀行調査論文,2009年。

・日本銀行金融市場局『2013年度の金融市場調節』日本銀行調査論文,2014年。

・日本銀行金融市場局『2014年度の金融市場調節』日本銀行調査論文,2015年。

・速水優『第10回国際コンファランス―「21世紀の国際通貨制度」―開会挨拶』金融研究,21, 4, 33-34,2002年。

・吉野直行・前田実・南部一雄・小巻泰之・坡山奇右『新種預金の導入と預金準備率』フィナンシャル・レビュー,26,1993年。

・Keynes, John Maynard著,小泉明・長澤惟恭訳『貨幣論Ⅰ 貨幣の純粋理論』ケインズ全集第5巻,東洋経済新報社,2001年。

・Keynes, John Maynard著,長澤惟恭訳『貨幣論Ⅱ 貨幣の応用理論』ケインズ全集第6巻,東洋経済新報社,2001年。

・Keynes, John Maynard著,間宮陽介訳『雇用,利子および貨幣の一般理論』下巻,岩波書店,2009年。

・Dornbusch, Rudiger, Federico Sturzenegger, and Holger Wolf, 1990, Extreme Inflation: Dynamics and Stabilization, Brookings Papers on Economic Activity, 2, 1-84.

・Hannoun, Hervé, 2015, Ultra-Low or Negative Interest Rates: What They Mean for Financial Stability and Growth, Bank for International Settlements.

・Turner, Adair, 2013, Debt, Money and Mephistopheles: How Do We Get out of This Mess?, Speech at the Cass Business School, City University.

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