最近、大塚家具やロッテなど、ファミリー企業の事業承継の問題が報道でよく取り上げられています。本連載では、ファミリー企業の事業承継の問題について、経営学の観点から考えていきます。

事業承継における「良い対立」「悪い対立」

事業承継における世代間の対立の問題には、どのようなものがあるのでしょうか。

 

【企業を疲弊させる悪い対立】

 

この問題に共通するのは、先代世代と次世代の経営方針をめぐる対立です。このような対立がいったん顕在化すると、企業組織の一体感が崩れ、対立の長期化は、従業員の仕事意欲や組織への帰属意識に悪い影響を与えてしまいます。これは、組織内部の話だけにとどまりません。

 

経営方針の不安定さが、顧客や仕入先などの外部の利害関係者に対しても悪い影響を及ぼしてしまいます。結果として、企業イメージや業績の低下をもたらし、上場企業であれば株価の低下を招く可能性がでてくるでしょう。

 

【企業変革の種を育む良い対立】

 

事業承継をめぐる対立とは、企業経営に悪い影響しかもたらさないのでしょうか。答えは、ノーです。実は事業承継の対立とは、世代間の価値観の違いから起因するものであり、対立を上手にマネジメントすれば企業変革の発露にすることも可能なのです。

 

経済学者のJ.A.シュンペーターは、革新とは二つの異質なものの新しい結合であるといっています。シュンペーターが示唆することは、世代間における異なる価値観のぶつけ合いとその解け合いが、組織の新しい発想を生み出す可能性を示しているといえるかもしれません。

 

一般的に、企業が持続的成長を実現するには、保守的な経営を実践するだけではなく経営環境の変化に応じた企業変革が必要とされています。つまり、承継プロセスにおける旧世代と新世代の意見の相違こそ、この変革の種になると言えるのです。

新ビジネスで実績を蓄積し、先代経営者に実力を示す

どのようにすれば、世代間の異なる価値観をマネジメントして、組織に企業変革の芽を発露させていけるのでしょうか。筆者の老舗企業を対象とした研究によると、本業内新事業の上手な活用があげられます。

 

例えば、某事例企業では、後継者を主導とする社内ベンチャー(新事業)を立ち上げました。その新事業は、既存の基幹事業の伝統に染まらない新しいコンセプトのビジネスでした。一般的に、先代経営者は自分の過去の経験に基づいて経営を考える傾向があります。いくら後継者が新しいビジネスを説明したとしても、簡単には認めてもらえません。

 

先代経営者は、過去の成功体験を捨て去ることは中々できないからです。そのような時には、後継者が自分の実績を蓄積することによって先代経営者の納得を取り付けていくことが重要です。

 

事例企業の後継者は、新ビジネスにおいて小さな成功を少しずつ先代経営者に示していきました。それだけではありません。後継者は、この新ビジネスを拡大するにあたって、少しずつ先代世代の幹部社員や従業員を取り込んでいきました。この取り組みは、後継者の職務遂行上の協力者を増やしていくことにとどまりません。後継者は、時間をかけて組織のなかで自分の存在感や影響力を高めていることがわかります。

 

この事例企業の事業承継の進め方は、冒頭で述べた企業のように伝統勢力と革新勢力の二項対立の方法をとっているわけではありません。いわば、後継者世代による一点突破(本業内新事業による実績づくり)と全面展開(新事業の実績蓄積による先代世代の合意形成)のような方法がとられていることがわかります。

 

老舗の研究事例からは、世代間における価値観の相違を上手に利用して革新の種をまくという事業承継上の工夫がとられていることを学ぶことができます。

 

<参考文献>

『日本のファミリービジネス:その永続性を探る』(奥村昭博・加護野忠男編、中央経済社、2016年)

『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』(落合康裕、白桃書房、2016年)

『ファミリービジネス白書2015年度版:100年経営をめざして』(後藤俊夫・落合康裕編、同友館、2015年)

本連載は書下ろしです。原稿内容は掲載時の法律に基づいて執筆されています。

事業承継のジレンマ

事業承継のジレンマ

落合 康裕

白桃書房

【2017年度 ファミリービジネス学会賞受賞】 【2017年度 実践経営学会・名東賞受賞】 日本は、長寿企業が世界最多と言われています。特にその多くを占めるファミリービジネスにおいて、かねてよりその事業継続と事業承継が…

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