亡き父の預金で入院費・固定資産税を支払い、残額を“半分ずつ”相続したが…娘の夫が「不公平だ」と指摘するワケ【弁護士が解説】

亡き父の預金で入院費・固定資産税を支払い、残額を“半分ずつ”相続したが…娘の夫が「不公平だ」と指摘するワケ【弁護士が解説】

父が亡くなった後、父の入院費用と固定資産税の支払いのために父の預金から150万円をおろした相談者。遺産分割協議では、相談者の妹と弟が父の預金を半分ずつ相続することに決まりましたが、妹の夫から「分け方が不公平だ」と指摘を受け、困っているといいます。本稿では、弁護士・相川泰男氏らによる著書『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)より一部を抜粋し、遺産分割前の預貯金の払い戻しに関する注意点について解説します。

2. 遺産分割前における預貯金の払戻しが、家事事件手続法200条3項の規定によるものといえるのかについて確認する

(1)預貯金債権についての仮分割の仮処分について

民法909条の2に基づく預貯金の払戻しは、相続人が金融機関に払戻請求を行うことができる反面、払戻しが認められる金額には上限があります。

 

平成30年法律72号による改正の前においても、審判前の保全処分として仮分割の仮処分の申立てを行うことができるとされていました(家事200②)。しかし、この仮処分の申立てにおいては、遺産分割の対象となる財産を遺産分割前に行使する必要があることに加えて、事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるときとの厳格な要件が課されています。

 

仮分割の仮処分について申立てを行う相続人は、このような要件を疎明する必要があり、このことが重い負担となっていたため、従前の仮分割の仮処分において、預貯金の柔軟な払戻しは必ずしも実現されていませんでした。

 

そこで、預貯金債権に限り、仮分割の仮処分を認める要件を緩和し、①遺産分割の審判または調停が係属していること、②相続人により申立てがあることのほか、③相続人において遺産に属する預貯金債権を行使する必要性があり、かつ、④これにより他の共同相続人の利益を害しないと認められる場合には、預貯金債権について仮分割の仮処分を認めることとしました(家事200③)。

 

(2)仮分割の仮処分により払い戻された預貯金の取扱い

本来であれば、遺産分割前に相続財産から逸出した財産については遺産分割の対象となりません。しかし、家事事件手続法200条3項の規定による預貯金債権の仮分割の仮処分は、保全処分の一種に過ぎません。そのため、仮分割の仮処分と本案である遺産分割審判等との関係は、通常の民事事件における保全処分と本案との関係と同じく、仮分割の仮処分において認められた内容は、本案においては考慮すべきではないとされています。

 

よって、仮分割された預貯金債権を含めた上で、本案において改めて遺産分割の調停または審判がなされることとなります。

 

(3)本事例についての検討

遺産分割前に引き出された預金150万円は、民法909条の2で認められる上限額を超えるものです。よって、150万円の払戻しを適法なものとするためには、仮分割の仮処分として認められたものである必要があります。

 

もっとも、家事事件手続法200条3項の規定による払戻しは、相続人により家庭裁判所に対して仮分割の仮処分が申し立てられ、家庭裁判所により申立てが認められた場合に限られます。

 

本事例では、そのような事情はないため、本事例における遺産分割前の預貯金債権の払戻しは、家事事件手続法200条3項の規定による預金債権の払戻しとはいえません。

 

3. 相続債務の精算について、預貯金債権を引き出した者の意向を確認する

(1)債務の相続

相続開始時に未払いとなっている医療費、光熱費等の公共料金、固定資産税等の税金、家のローンなどの債務は、相続により相続人に承継されます。このような相続債務のうち金銭債務のような可分債務については、法律上当然に分割され、各相続人がその相続分に応じて承継するものとされています(最判昭34・6・19民集13・6・757)。よって、相続債務については、遺産分割の対象とはなりません。

 

もっとも、相続人間において、相続債務を遺産分割の対象として取り決めを行うことは可能です。ただし、債権者の承諾がない限り、相続人間における合意の内容を債権者に主張することはできません。

 

なお、民法909条の2、あるいは家事事件手続法200条3項の規定により遺産分割前に預貯金の払戻しがなされて相続債務が弁済されたとしても、いずれの規定においても相続債務の精算について特段の定めはありません。そのため、民法909条の2、あるいは家事事件手続法200条3項の規定に基づいて適法に遺産分割前に預貯金の払戻しがなされたとしても、これにより弁済がなされた相続債務の精算については、相続人間において別途の協議が必要となります。

 

(2)本事例についての検討

治療費および固定資産税の合計150万円は、被相続人から相続人に相続される債務です。いずれも金銭債務であるため、相続開始時に、相続分に従って相続人に相続されます。

 

設問には遺言による指定相続分の記載はありませんので、本事例における各相続人の相続分は、法定相続分である3分の1となります。したがって、相続開始とともに相続人はそれぞれ50万円の債務を承継することとなります。

 

もっとも、本事例では、相続人である私が相続債務の全てを弁済しています。したがって、弁済をした者は、他の共同相続人である弟と妹に、各50万円の求償権を有することとなります。

 

このように、本事例では、遺産分割前に払戻しがなされた150万円の預金債権の精算とともに、一人の相続人により弁済がなされた相続債務の精算についても、共同相続人間において協議される必要があります。

 

もっとも、遺産分割前に払戻しがなされた150万円を相続財産に戻した上で、私が不動産、弟と妹が預金を取得すると仮定すると、弟と妹は各500万円の預金を取得します。このとき、共同相続人が負担する相続債務の額は一人当たり50万円なので、弟と妹の正味の取り分は450万円となります。

 

しかし、実際の遺産分割協議で弟と妹が取得した金額は425万円です。よって、私から弟と妹に対し、各25万円を支払うことで、150万円を引き出したことによって生じた「不公平」は解消されます。

 

〈執筆〉
荒木耕太郎(弁護士)
平成25年 弁護士登録(東京弁護士会)
平成227年 東京弁護士会常議員
東京弁護士会業務改革委員会(マンション管理適正部会)委員
東京弁護士会マンション管理法律研究部
台東区建築紛争調停委員


〈編集〉
相川泰男(弁護士)
大畑敦子(弁護士)
横山宗祐(弁護士)
角田智美(弁護士)
山崎岳人(弁護士)

 

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※本連載は、相川泰男氏らによる共著『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)より一部を抜粋・再編集したものです。

相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイントー予防・回避・対応の実務ー

相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイントー予防・回避・対応の実務ー

相川 泰男

新日本法規出版株式会社

◆遺産分割時やその前後に想定される具体的なトラブル事例を分類・整理しています。 ◆①発生の予防、②更なる悪化の回避、③適切な対応という視点で道筋を示しています。 ◆「チェックポイント」により、調査・確認、検討す…

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