日本人の“給与”はなぜ上がらないのか…実質賃金上昇に不可欠な「生産性」を押さえつける〈重石〉の正体【エコノミストが解説】

日本人の“給与”はなぜ上がらないのか…実質賃金上昇に不可欠な「生産性」を押さえつける〈重石〉の正体【エコノミストが解説】
(※写真はイメージです/PIXTA)

多くのサラリーマンが賃上げを願っていますが、仮にすべての労働者が賃上げされると、物価も上昇し、「実質賃金」は伸び悩むことになります。経済学で「合成の誤謬」と呼ぶこのパラドックスを打開するカギは、どこにあるのでしょうか。本記事では、第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏による著書『インフレ課税と闘う!』(集英社)から一部を抜粋し、日本の「実質賃金」が上がらない理由について考えます。

本質は生産性の問題

私たちは物価が上昇して、勤め先に何とか賃上げをしてほしいと願う。生活コスト増加の1万円分に対して、賃上げによる1万円の収入増加でカバーができればと思う。これは、極めて明快な理屈である。

 

それは正論なのだが、事情はそう簡単ではない。世の中は、皆が賃上げをし始めると、労働コストの増加分をそのまま価格に転嫁し始めるからだ。

 

世の中全体の変化を「マクロの変化」と呼ぶ。物価上昇率は、このマクロの変化だ。賃金が3%上がったとき、価格転嫁が進んで物価上昇率が3%上がってしまうと、実質賃金の上昇率は0%である。単なる賃上げでは、実質賃金が上がらなくなるという問題が起こる。

 

次に、その理屈を簡単に説明したい。多くの企業では、2021年頃から値上げを実施してきた。

 

輸入インフレによって原材料コストが上昇してきたからだ。企業にとっては、売上原価率が上昇すると、付加価値率(=付加価値÷売上)が圧縮される。だから、販売価格を引き上げて、付加価値率を一定に保つように、価格転嫁に踏み切ったのである。

 

これまで企業の価格転嫁の作用は働きにくいと見られてきたが、2021年以降の経験では必ずしもそうではなかった。仕入コストの増加は、販売価格にそれなりに転嫁されてきた。

 

食品などでは、1社が値上げをすると、他社も追随して値上げに走る。それまでの値上げはしないという横並びが崩れて、値上げするという横並びへと動かされた。

 

今後、賃上げによって人件費が増えると、企業はやはり値上げに踏み切るだろう。理由は、利益を維持するためには、人件費の上昇率と同じ程度に付加価値を上昇させて、労働分配率を一定に保とうとするからだ。

 

ここで考えたいのは、すべての勤労者が賃上げされると、物価が上昇してしまい、結局は実質賃金は上がらなくなってしまうという矛盾についてだ。このロジックは、経済学では「合成の誤謬(ごびゅう)」と言われる典型的なパラドックスである。

 

では、このパラドックスを前提にして、私たちはなすすべがないのだろうか。

 

この点について、筆者は打開の道があると考えている。それは、物価上昇率と賃金上昇率の間に、「生産性上昇」という伸び代があるので、それを高めていく。

次ページ「生産性の向上」が「合成の誤謬」の打開策となるワケ
インフレ課税と闘う!

インフレ課税と闘う!

熊野 英生

集英社

コロナ禍やウクライナ戦争を経て、世界経済の循環は滞り、エネルギー価格などが高騰した結果、世界中でインフレが日常化している。これからは、「物価は上昇するもの」というインフレ前提で、家計をやりくりし、財産も守ってい…

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