(写真はイメージです/PIXTA)

多くの経営者にとって「未知の領域」である今回のインフレ局面。企業にはどのような行動が求められるのでしょうか。本稿ではニッセイ基礎研究所の鈴木智也氏が、インフレ局面において企業の成長力や持続性を高める、企業経営の在り方について考察します。

1―はじめに

バブル崩壊以降、日本では物価が上がらない状況が続いてきた。そのため、本格的なインフレ局面を経験するのは、これが初めてという経営者は少なくない。

 

実際、過去のインフレ局面は、今から40年ほど前の話であり、その局面を社会人として乗り越えてきた70代以上の経営者は、今では経営者全体の24.9%を占めるに過ぎない(図表1)。多くの経営者にとって、今回のインフレ局面は、未知の領域と言えるのではないだろうか。

 

 

第1部(インフレ時代の企業経営 (1))では、過去のインフレ局面を振り返り、そこで得られる過去の教訓や経験を、今回のインフレ局面にどのように活かして行けるかを考察した。

 

その結果、(1)インフレ下の企業行動は、世界景気等の外部環境に左右される面があること、(2)価格転嫁が難しい状況では、企業体質を強化し、成長分野に投資していくことが一層重要になること、という示唆を得ることができた。

 

第2部となる本稿では、足元で顕在化しつつある国内外の構造的な変化を概観し、企業の成長力や持続性を高める、企業経営の在り方について考察したい。

 

2―コスト上昇圧力が高まる時代

1物価が上がらない前提に変化の兆し
今回のインフレ局面の初期局面(2023年第1四半期)では、1970年代後半のように、インフレ圧力を値上げ等による価格転嫁ではなく、企業努力で吸収する企業行動が確認された。

 

これはバブル崩壊以降のデフレ下で、日本企業が得意とした「耐える経営」の延長線上にある行動だと言える。ただ、その「耐える経営」スタイルが、これまで暗黙裡に仮定してきた物価前提は変わりつつある。

 

例えば、足元の物価動向をみると、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、コアCPI)は2023年6月時点で前年同月比3.3%となり、2022年4月から2%の物価安定目標を上回る水準となっている。また、生鮮食品及びエネルギーを除く総合(コアコアCPI)も前年同月比4.2%となり、基調的な物価上昇圧力も高いことを示唆している。

 

これらは、今回のインフレが「一時的」だと見る向きを、否定するものだと言える。

 

物価の継続的な上昇を経験したことで、物価に対する国民の見方(期待インフレ率)も変わり始めている。例えば、日銀のアンケート調査をみると、家計における1年後と5年後の物価予想は、それぞれ6月時点で10.5%と7.5%であり、極めて高くなっている。

 

これは、将来の物価上昇(少なくとも、 向こう1~5年にわたる持続的な物価上昇)を国民が意識し始めたことを示している[図表2]。

 

 

 

必然的に、賃金にかかる上昇圧力も、これまでにない高まりを見せている。すでに実施された今年の春闘では、連合が集計した賃上げ率は+3.58%1と29年ぶりの高水準となった。

 

また、来年以降の賃上げについても、労使双方の関係者から「持続的」「安定的」「力強い」といった力強い言葉が出るなど、賃上げモメンタムの強化が感じられるものとなっている。

 

日本の金融政策を決める日銀審議委員の一部からも「企業行動に明らかな変化がみられ、値上げ・賃上げが企業戦略に組み込まれてきている」といった言葉2が出て来るなど、専門家の間でも見方は変わり始めたと言える。

 


1 連合「2023春季生活闘争 第7回 回答集計結果」(2023年7月5日公表)
2 日本銀行「金融政策決定会合における主な意見」(2023年6月23日)

 

2国内外の潮流が促す経済構造の変化
さらに、足元の物価動向に加えて、企業の経営コストを押し上げる、中長期的な潮流も忘れてはならない。中でも、(1)脱炭素化、(2)経済安全保障、(3)人口減少の3つは、先々の影響が大きい。

 

1つ目は、脱炭素化がもたらす物価上昇、いわゆる「グリーン・インフレーション」というリスクが指摘される。

 

これは、グリーン経済への移行に伴う、物価上昇を意味する言葉である。国際的な約束ごととして、パリ協定の1.5度目標があるが、これを達成するには脱炭素化の加速が不可欠である。

 

ただ、急激な社会の脱炭素化は、モノやサービスの需給バランスを崩し、資源エネルギー価格の高騰につながる恐れがある。また、政策ツールとして導入が進む、炭素税や排出量取引制度といった仕組みは、価格転嫁を通じて商品やサービスの価格上昇につながる可能性が高い。

 

加えて、脱炭素化に必要な環境技術は開発途上で、技術を成熟させるには大規模な投資が今後も必要になる。地球温暖化が世界共通の課題でああって、長く腰を据えて取り組むべき問題であることを踏まえると、グリーン・インフレーションが経済に及ぼす影響は大きいと思われる。

 

2つ目の経済安全保障については、米中対立のような地政学的な分断が、企業活動の自由度を狭めるリスクが指摘される。これは、国家の安全保障が経済に優先されることを、明確にした概念である。

 

各国がそれぞれ独自に制約を課すことで、単純ではないかもしれないが、世界の色分けが進んでいく。そのような世界では、グローバル化のもとで享受できた効率化より、安心安全と言った価値観が優先される。

 

供給途絶リスクのある国から安価に仕入れるよりも、信頼できる国から多少高価でも仕入れることが選択される。企業としては取引価格の上昇だけでなく、サプライチェーンの見直しや技術情報の管理など、様々な追加コストを掛けざるを得ない。

 

世界の多極化が、現在進行形で進む事象であることを踏まえると、経済安保が中長期的に経済を規定していく可能性は高いと考えられる。

 

3つ目の人口減少については、“働き手クライシス”とも形容される人手不足の問題が指摘される。日本では2030年以降、15歳以上65歳未満の働き手が、現在の倍速(2030-2040年平均:約84万人)で急減していく3

 

労働供給が増加に転じていくことも期待できるが、そこにはタイムラグがある。国外の人材に期待することも考えられるが、目の前に迫る人手不足のすべてを外国人材に頼ることは現実的ではない。

 

これから始まるのは、同じ業種だけでなく異業種間での人材の奪い合いである。

 

企業としては、賃上げや働き方改革を進め、労働者の確保に全力を尽くすことが求められると同時に、省人化に向けた投資を進め、少ない人員でも生産活動が止まらない仕組みを構築して行かなければならない。これからの人手不足が、人口動態に根差している以上、人口減少の影響を長く受けることが予想される。

 


3 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(2023年推計)より

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年8月3日に公開したレポートを転載したものです。

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