(写真はイメージです/PIXTA)

中国の湖北省武漢市で、定年退職した高齢者によるデモが報じられました。医療保険制度改革に対する抗議だといいますが、その背景には何があるのでしょうか。ニッセイ基礎研究所の片山ゆき氏によるレポートです。

武漢市の外来診療に関する免責額・給付限度額・受診時の自己負担割合

【図表2】
【図表2】

 

また、給付については、政策上、定年退職者は現役世代よりも自己負担割合が軽減される仕組みとなっている。【図表2】はその一例として、武漢市の外来診療に関する自己負担割合を示したものであるが、免責額、給付限度額を含め、定年退職者の負担が軽減されていることが分かる(図表2)。政府は医療給付額について年齢別の状況を公開していないため断定はできないが、昨今の急速な高齢化を考えれば、現役層と比較して高齢者への給付が多い点は容易に想像できる*6

 

当然のことながら、新型コロナなどの影響を受けて経済成長が鈍化し、保険料を負担する現役層の収入減少や離職が進めば、保険料収入そのものが減少する。基準の改定がなかったとしても、保険料負担のない高齢者の通院補助額が調整されるのはある意味自然な流れであろう。中国の公的医療保険制度は、1990年代後半に大きな改革があったが、それ以降、経済の高度成長に伴って就労者の所得が向上し、補助額は毎年増額される傾向にあった。

 

それゆえ、今般の基準の改定やそれに伴う減額処置は衝撃が大きかったと考えられる。政府としても、企業や現役層に対して更なる保険料負担を求めるのは厳しく、現役層と高齢者層の給付と負担のバランスや、今後の財政状況を考えた上での苦心の策と見受けられる。なぜなら、定年退職した高齢者に相応の保険料負担を求めれば、もっと大きな反発が予想されるからだ。

 

このように、今回の武漢市のデモは、これまで先延ばしにしてきた公的医療保険制度の構造問題が表面化したと捉えることもできる。また、制度改正の議論の過程が公表されないため、受給者側としては突然発表される制度改定に身構えてしまうという行政・政策決定上の課題もある。いずれにしても、現行制度を高齢社会に適した制度に改正しつつ、その必要性を丁寧に説明していかなければ、今後もこういった紛糾は後を絶たない可能性がある。

 

*1:時事通信「中国・武漢で再び大規模デモ 医療手当減に高齢者怒り」(2023年2月15日)https://www.jiji.com/jc/article?k=2023021501071&g=int 2023年2月20日アクセス。

*2:北京日報「北京銀行提示:不必着急到網点排隊取款 已打入医保存折資金仍可支取」、2022年8月19日、https://china.huanqiu.com/article/49IsewN9GEx 2022年8月29日アクセス。日本においても、8月21日に読売新聞「預金引き出そうと「北京銀行」に行列できる騒ぎ…市当局の新規制が発端か」、https://www.yomiuri.co.jp/world/20220821-OYT1T50095/ 2022年8月29日アクセス。

*3:「武漢市基本医療保険弁法」(2023年1月1日施行

*4:「武漢市城鎮職工基本医療保険弁法」(2005年9月1日施行)、「武漢市職工基本医療保険門診共済保障実施細則」(2023年2月1日発出)。

*5:「社会保険法」第27条で規定。

*6:「2018年武漢市人口老齢化形勢分析」によると、2018年時点で武漢市の高齢化率(60歳以上)は21.27%。

 

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年2月22日に公開したレポートを転載したものです。

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