出版市場は近年、右肩下がりを続けています。小説は読まれず、雑誌も発行部数の減少が止まりません。唯一「売れ筋」と言えるのは、実用書やビジネス書、医療・健康書など読者にとって即メリットになるジャンルです。なかでも、企業が出版資金を出し、ブランディングの一環として書籍を作り上げていく「企業出版」には、各社が参入し、盛り上がりを見せています。果たして、この新しいビジネスモデルは、「斜陽」と揶揄される出版業界の救いの手となるのか? 企業出版のパイオニア、株式会社幻冬舎メディアコンサルティングで取締役を務める佐藤大記氏に話を聞きました。

人材採用はほとんどの企業に共通する経営課題

企業出版の最大の目的は、クライアントの企業が抱えるさまざまな課題を解決に導くことです。多くの経営者が「新規顧客開拓(集客強化)」「人材採用」「企業の認知度アップ」「商品・サービスの認知度アップ」「競合他社との差別化」などに頭を悩ませています。こうした課題に対し、企業出版がどのように役立つのか。前回は「新規顧客開拓(集客強化)」について説明しました。今回は「人材採用」についてです。

 

「徹底したヒアリングで社長のポリシーや思想、経営理念などを引き出します」 幻冬舎メディアコンサルティング 取締役・営業局長 佐藤 大記氏
「徹底したヒアリングで社長のポリシーや思想、経営理念などを引き出します」
幻冬舎メディアコンサルティング 取締役・営業局長 佐藤 大記氏

書籍と人材採用にどんな関係があるのか、少し不思議に思うかもしれませんが、これまでの企業出版の実績から、新規顧客開拓(集客強化)に匹敵する大きな効果が得られています。

 

優秀な人材の確保は、ほとんどの企業に共通する経営課題です。業種によって濃淡があり、また直近ではコロナ禍の影響を大きく受けている業種があるものの、世の中は総じて人材不足であり、特に中小企業は人材採用に苦労しています。

 

また、大手企業でも「雇用のミスマッチ」による人材不足が問題化しており、これは中小企業も共通の悩みです。やっとのことで採用した社員が、3年もしないうちに辞めていく。退職の理由は、「想像していた仕事とは違う」「残業が多い」「社風が合わない」などさまざまでしょうが、要は求職側と求人側との間にニーズの不一致が生じていることが大きな原因だと考えられます。

 

ミスマッチが生まれるのは、採用の段階で双方がきちんと理解し合えなかったからです。企業側は自社の優れた点、プラスの側面だけをアピールします。求職者側はそうした話を鵜呑みにしてしまう。結果、入社してから「話が違う」ということになるのです。

社長の考えを「資産」として言語化する企業出版

たとえば、企業の理念や社長の経営に対する考え方、志、思いなどは会社案内やホームページに書かれています。ただ、たいていは表面的なものにすぎず、ほとんどはきれいごとばかりだと言っていいでしょう。言葉はうまく整理されてはいますが、特に中小、中堅のオーナー企業、ベンチャー企業の場合、その背景に社長の膨大な経験と哲学が入り混じっているはずです。社長が本当に考えていることは、きれいごとばかりではないはずで、会社がそこに到達するために壮絶な経験をしてきたかもしれません。

 

しかし、それは会社案内を読んだだけではわかりません。採用面接でも掘り下げた話はしません。社長はどういう人物なのか、この会社はどこへ向かおうとしているのか、同業他社との決定的な違いは何なのか……、これらを言語化するのは非常に難しいのです。

 

そうすると、自社の優位性や他社との差別化要因が給与や福利厚生などになってしまい、そこに依存した人材採用はミスマッチを起こしやすいのです。

 

私たちが企業出版で作る書籍は、そうしたミスマッチを大きく減らす効果が期待できます。人材採用の拠り所は経営者であり、企業理念であるべきです。したがって、私たちはクライアントに対して「熱狂的なファンを増やしましょう」という話をし、徹底したヒアリングで社長のポリシーや思想、経営理念などを引き出します。会社にあるけれども見えないもの、社長の考えなどを「資産」として言語化します。

「この社長の下で働きたい」という強い動機を引き出す

そのときに私たちが重視するのは、「だから」です。「社長の考え方に感銘した、経営理念に共感した、“だから”この会社で働きたいんだ」という「だから」を求職者は求めているからです。求職者に本を読んでもらい、会社や社長の考えに共感してもらう。そうした土台設計がないと、特に、いまの若い人はすぐに辞めていきます。

 

実際、書籍を読んで感動したことで、カリスマ経営者と呼ばれる社長の下で働きたい、その会社で働きたい、修業したいと思って入社してくる人間が多くいます。そうであればどんな困難や苦労があろうとも、「しょうがないな」と思って頑張る。この「しょうがないな」というのがかなり重要だと私は考えています。誰に強制されたわけではなく、自分自身で選んだ仕事だからです。

 

書籍は、その人なりの仕事観が背骨になり得るのです。経営トップの考え方に共感し、共鳴するから、この社長の下で働きたいという動機のエンジンが加速するのです。

 

人材採用にあたっては、多くの企業が就職情報サイトを利用し、かなりの金額を投じています。しかし、そこには「だから」を訴求できる言語や言葉はあまりありません。そもそもメディアとして就職情報サイトはそういうことに適していません。見栄えだけはカッコいいのですが、雰囲気で終わってしまっています。

実は親も「息子、娘の就職先」に納得したがっている

実際、企業出版で書籍の制作を終えたときにクライアントに必ずといっていいほどコメントいただくのは、「これは定性的な評価だけど、社内の共通言語として、自分たちのコンセプトをきちんと棚卸しできた、頭がスッキリした」ということです。「これは社内の人間にはできないことで、第三者の編集者やライターさんに話すことによって明確に言語化できたのはよかった」と。

 

ですから、書籍を人材研修に使う企業も少なくありません。会社の思想や考え方、ノウハウなどが詰まったテキストとして、座学研修などで活用されるのです。

 

人材採用に関して、出版にはもう一つの効果があります。それは親御さんです。自分の息子や娘が入社する会社がどんな会社なのか、心配する親御さんは少なくありません。有名な大企業ならば安心かというとそうでもなく、いまは就職先の選択肢が広がっているので、経営者が本を出しているというのは大きな強みになります。親御さんが本を読んで感動されるという話も聞きます。親御さんも子どもの選択を正当化したい。そのときに、経営者の本を読み、「だからこの会社はいいんだ」と納得したいのです。

 

優秀な人材を採用し、長く一緒に働いてもらいたいと願う企業は、「だから」を伝える努力をすることが重要だと思います。企業出版はそのための強力なツールになります。

 

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