発展途上国の経済成長は、貧困削減・所得格差是正に役立つのか? 新興市場への投資を検討する際、やはり理解しておきたいこのテーマ。財務省OBで、現在、日本ウェルス(香港)銀行独立取締役の金森俊樹氏が、中国を例に詳細分析する(本稿はその参考資料です)。

絶対貧困と相対貧困とは?

pro-poor growthのロジックを明確化するため、理論的に定式化するとどのようになるのか。いくつかのアプローチがあり得る。最も一般的には、OECD(経済協力開発機構)や国連が規定するように「(絶対的)貧困の削減に大きく貢献するような成長」と言うことができるが、「富裕層に比べ貧困層がよりその恩恵を受けるような成長」と定義することもできる。後者は厳密に言えば、pro-poor growth というより、相対的貧困に着目した「所得をより平等化させる成長」というべきかもしれない。これを定式化すると、

 

 (Yt P - Y t-1P) /(Yt - Yt-1)= Φt  > Φt-1

 

ここで、Yは所得、Φは総所得に占める貧困層所得のシェア、tは時期、pは貧困を示すもので、一期前に比べ、貧困層所得シェアが高くなっていることを意味する。この場合、例えば所得下位20%が5%の所得、上位20%が40%の所得を支配しているケースでは、仮に社会全体の所得増加分のうち、10%が下位、30%が上位に帰属したとしてもこの条件を満たすことになり、絶対額では依然としてより多くの所得が富裕層に流れているにもかかわらず、pro- poor growthと言えるのかどうかという問題が残る。

 

より厳しい条件としては、

 

(Yt P - Y t-1P) /(Yt - Yt-1)> P O= NP / N

 

ここで、Nは人口、P O は総人口に占める貧困層の割合で、貧困層の所得増加の割合が、総人口に占める貧困層の割合を上回ることを示す。これを展開すると、

 

(Yt P / NP ) -(Yt / N)>(Y t-1P / NP)-( Yt-1 / N )

Y()tP Y()t  > Y()t-1PY()t-1

δY()P >δY()

 

となり、これは、貧困層の平均所得の増加幅が全体の平均所得の増加幅を上回ることを意味している。

 

 

経済成長と所得の再分配、貧困削減の関係

絶対貧困の削減効果は大きく(小さく)ても、相対貧困の程度をむしろ大きく(小さく)する成長があり得る。格差縮小に資する成長が高成長を意味するのか、低成長を意味するのかは判然としない。したがって、成長の絶対貧困削減効果と所得平等化効果が相反する場合には、政策当局者はどちらを優先するのかという問題に直面することになるが、一般的に、多数の絶対貧困人口を抱える途上国においては、少なくとも発展の初期段階では、絶対貧困の削減が優先される傾向にある。

 

この点を、貧困削減に対する成長効果と所得再配分効果として分けてモデル化すると、

 

ηηgηi

 

ここで、

 

η:経済成長が貧困削減に与える総効果

ηg:経済成長それ自体の貧困削減効果(成長効果)

ηi:成長が所得再配分を通じて貧困削減に与える効果(所得再配分効果)

 

ここで、ηgは必ずマイナス(貧困を削減する)になるが、ηiは、成長に伴い所得分配がどう影響を受けるかによって、プラスにもマイナスにもなり得る。経済成長の貧困削減効果は成長のペースとパターンに依存することとなり、成長によって格差が縮小する場合には、成長効果と所得再配分効果の双方を通じて貧困削減にプラスの効果が生じる。他方、成長によって格差が拡大する場合には、成長効果(プラス)と所得再配分効果(マイナス)が相殺し合う結果となる。

 

これは、経済成長は明らかに貧困削減の重要な手段だが、所得格差を拡大させる場合もあり、成長政策だけでは必ずしも十分ではないこと、また逆に成長なしの所得再配分のみでも、ある程度の貧困削減があり得る(言い換えれば、成長自体は、必ずしも貧困削減の必要条件、あるいは十分条件というわけではない)ことを意味している。最近では、成長による所得増加は所得分配には影響を与えず、絶対貧困の削減にのみ資するとして、ηiの項は無視し得るとする議論もあるようだが、コンセンサスにまでは至っていないと思われる(注)

 

(注)ADB(アジア開発銀行)の実証分析によると、所得分配格差の拡大が成長にプラスかマイナスか、また両者の因果関係(causality)は国によって異なること、中国の場合は、ジニ係数(所得格差の程度を示す指標、数値が大きいほど格差が深刻)の上昇が成長率を押し上げたという長期的因果関係が顕著だが、成長がジニ係数を上昇させた面もあり、双方向の因果関係が認められるとしている。

 

所得分配が不平等であるほど貧困削減効果が阻害される点は、かなり以前から指摘されてきた。この点は簡単な数値例から明らかである。社会の構成員が100人で、社会全体の富が100とする。完全平等の社会(すなわち、ジニ係数がゼロの場合)では、各人の富が1となり、完全不平等の社会(ジニ係数が1)では、一人の独裁者が100の富を保有し、99人の富はゼロとなる。

 

今この社会が20%の経済成長を遂げ、成長が所得分配状態に影響を与えないと仮定すると、前者では各人の富が1.2となり、仮に絶対貧困ラインが1.1とすると、成長前に比し全員が貧困から脱出できることになる。後者の場合、独裁者の富が120に増えるだけで、99人が絶対貧困のままである状況は改善しない。ある推計でも、絶対貧困所得増減ΔPの対成長(すなわち、所得増加ΔY)弾性値は、

 

%ΔP /%ΔY=-3  (ジニ係数が0.25の場合)

%ΔP /%ΔY=-1 (ジニ係数が0.6の場合)

 

と、ジニ係数が低いほど削減効果が大きい。

 

社会厚生水準と所得分配をリンクさせる試みもある。まず個人の効用は、当該個人の所得と、所得分配状態における当該個人の位置F()によって規定されると仮定する(貧富の差が大きい社会におかれている貧困層ほど、同じ絶対所得でも、富裕層と比べての相対所得が小さいため、感じる効用が低下する)。

 

U (, F ())、Uy>0、U<0、UF>0

 

所得分配状態は、下記で示される確立分布Pで示される。

 

PF(xxm,μ, G∈(G , G()))

 

ここで、は最低賃金, μは平均所得、G∈(G , G())は、政策当局が効率と公正を勘案して安定的に維持したいと考えるジニ係数の分布範囲を示す。個人の効用の総和としての社会厚生水準を最大化する最適所得分布Fは、以下で示されることになる。

 

 

いわゆるA.センの修正された社会厚生関数

 

Wsen (F*)=μ(1-G)

 

は、不確実性や確率分布を前提とせずに導出されたものだが、上記の一般的なW (F*)の特殊ケースと位置付けられる。その意味するところは明白で、所得分配が完全に平等(Gがゼロ)の場合はWsen (F*)=μ、すなわち平均所得がそのまま社会厚生水準になるが、完全不平等(一人の独裁者が社会のすべての所得を保有している、Gが1)の場合はWsen (F*)=0、社会厚生はゼロとなる。

クズネッツの逆U字曲線が示すもの

経済成長と所得分配の関係を示すものとして、有名なクズネッツ逆U字曲線がある。その含意は、経済発展の初期段階では成長が格差を拡大させるが(あるいは、格差の存在が成長の言わば「必要悪」)、その程度は次第に緩やかになり、いずれかの時点で転換を迎え、その後は成長に伴って格差が縮小する(あるいは逆に、格差が縮小しなければ、それ以上の成長が難しくなり、いわゆる「中所得の罠」に陥る)局面が訪れるというものである。すなわち、

 

Gα1YαY

 

ここでジニ係数Gは不平等度の代理変数、Yは所得である。クズネッツ仮説では、係数の符号を

 

α1>0, α<0

 

と仮定し、上に凸の放物線を描く2次関数として定式化される。同曲線は、何らかの理論的基礎に基づいて導出されたものというより、たぶんに経験的なものである。発展の初期段階で成長が格差を拡大させる現実的な説明要因として、富裕層の貯蓄性向は高いので格差の存在が成長に寄与する(カルドア成長理論)、あるいは、安価で大量の労働力供給が賃金以上の利潤を発生させ成長に寄与すると同時に格差を拡大させる(ルイス転換点の議論)といったことが指摘される。

 

また最近では、技術進歩、経済のグローバル化、市場メカニズム重視の改革といった、一般的に成長を促進させると言われる要因が、他方で、生産要素としては労働より資本、また労働力の中では未熟練労働より熟練労働、また成長空間として農村・内陸部より都市・沿海部を優先することになる結果、機会の不平等や社会的疎外を生じさせているとされる。ただクズネッツ曲線は経験則に基づくものとはいえ、現実のデータから十分実証されたとの評価はなお受けていない。

 

問題は、多くの実証が発展段階の異なる複数のエコノミーのデータによる水平的なもので、あるひとつのエコノミーの発展段階の推移に着目した時系列的な実証は、データの制約から、あまり見当たらないことである。また最近では、先進経済がさらに成長する過程で再び格差が拡大する傾向にあるという問題も指摘されている(曲線は逆U字ではなく、むしろW字型)。

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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