発展途上国の経済成長は、貧困削減・所得格差是正に役立つのか? 新興市場への投資を検討する際、やはり理解しておきたいこのテーマ。財務省OBで、現在、日本ウェルス(香港)銀行独立取締役の金森俊樹氏が、中国を例に詳細分析する。

経済成長が貧困改善につながらないパラドクス

経済成長と貧困削減、所得分配の関係をどう考えるか?これは、途上国の経済開発に関する研究や途上国援助の現場で長らく提起されてきた古くて新しい問題である。

 

たとえばインドは急成長を続けているが、貧困の程度を表す指標のひとつである飢餓指数(hunger index、国際食糧政策研究所が栄養不良、子供の体重不足と身長不足、乳幼児死亡率の4指標を基に指数化したもの)は、2000年から15年にかけ、指数そのものは38.2から29.0へ(大きいほど貧困が深刻)と改善している。しかし、インドは、貧困が問題とされる104調査対象国の中で(良い順から並べて)73番目(2000年)、80番目(15年)となっており、15年でもなおバングラデシュやラオスより悪く、東南アジア、南アジアの中で、アフガニスタンや北朝鮮などと並んで、最も貧困が深刻な国のひとつとして認定されている。経済成長率は高いが、貧困削減の面での改善速度は鈍い。

 

 

また最近10年間、平均5%以上の経済成長率を持続し、国際格付機関などから世界の「rising star」と言われているフィリピンでも、同国統計局の公式貧困人口比率は2009年28.6%、12年27.9%、15年26.3%と高止まり、また所得分配の不平等度を示すジニ係数は0.43(2012年、世界銀行)と警戒ラインの0.4を超える高水準、失業率も過小推計と言われる政府統計ですら6-7%程度(2014-15年)に高止まりしたままで、「フィリピン・パラドクス」と称されている。

 

本連載では、これまでの議論を若干理論面から整理するとともに、中国を例に、実際に経済成長の過程で貧困削減や所得分配がどのような影響を受けてきたかについて検討する。

成長を重視する伝統的考え方への反省

伝統的な考え方は、道路や発電所等の物的インフラが整備されていないことが、途上国の経済発展を阻害する主たる要因になっており、援助を通じてこうした物的インフラを整備することが、供給面での生産ボトルネックを解消し、有効需要の創出を通じて経済成長率を高めることになり、それが結局、人々の生活水準を改善し、貧困問題を解決することにつながるというものである。これがかつて、援助機関がもっぱら巨大インフラプロジェクトを推進した背景だ。言い換えれば、インフラ整備を通じる高成長は貧困削減にプラスの効果があり、経済成長を伴わない所得の再配分だけでは、限られたパイの奪い合いとなって、全体として大きな貧困削減効果は期待できないという考え方である。

 

しかし1990年代に入り、途上国の実態を見ると、マクロ的に高い経済成長率を実現しても、必ずしもそれが貧困層を救うことにはなっていないとの議論が高まり、よりミクロ的な援助のアプローチ、すなわち特定の貧困層や貧困地域を対象とした援助プロジェクトが重視されるようになった。

 

その背景には、援助を供与する際に、当該途上国が民営化、各種の規制緩和、貿易・資本の自由化を重視し、インフレ抑制や財政赤字削減といったマクロ経済政策を採ることを条件(conditionality)としてインフラプロジェクトを進めるという援助のあり方(いわゆるワシントン・コンセンサス)は、必ずしも効果が挙がっていないのではないか、とりわけ途上国の貧困削減にはつながっていないのではないかという失望感が、ドナー(援助供与)側、被援助側双方に高まったことがある。

 

このため、90年代以降、多くの国際援助機関が中期的な援助戦略を策定する中で、分野横断的な課題(cross-cutting issue)、あるいは社会的観点(social dimension)が重要であるとして、環境問題や人材育成、組織強化(capacity building、またはinstitutional strengthening)などとならんで、貧困削減を援助政策上の方針として明示的に掲げるようになった。

 

アジア開発銀行(ADB)も90年代初頭、その戦略として貧困削減を強調し始めたが、プロジェクトを準備する過程で「これによって、何人が貧困から脱却できることになるか」といった試算まで提示され、それがプロジェクトの審査・承認の際に重視されるようになったのである。

 

※本連載は原則、毎週火曜日、金曜日に掲載していく予定です。

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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