中小企業による事業承継型のM&Aが活発化し、国内M&Aの件数が過去最高を記録した。かつてのM&Aでイメージするような価格帯ではなく、個人でも買収が可能な小規模M&Aが増加しているのが一因であろう。しかし、経験値の低い個人が挑戦したことによるM&Aの失敗談は尽きない。本記事では、事業承継サポートに取り組む、株式会社ビジネスマーケット・代表取締役社長の表一剛氏が、オーナー社長がこぞって「セミナー」に参加する理由を解説する。

年末年始は「事業承継」を考え始めるよい機会

本連載では、事業承継を考えるにあたっての計画の立案方法、誰に相談をするのがよいのか、事業承継税制に対する様々な評価の声を紹介してきました。また、立場の違う方々の考え方として、譲渡を検討している現オーナーの心境と、事業承継にチャレンジしようと考えている方々の考え方の違い、さらに事業承継に挑戦されている方々の実際の声や事例も見ていきました。

 

連載を読んでいる方々は、承継に関する知識のインプットが進んできたのではないかと考える一方で、「では何から始めたら良いのだろうか?」という一歩を踏み出す理由に悩まれているのではないでしょうか。

 

事業を一から作り、これまで事業を維持し、少しずつ大きくしていくことだけを考えてきた数十年から、突然その事業を誰かに預ける話を始めるということは、理屈ではわかってもなかなか最初の一歩を踏み出すこと、踏み出す理由を見つけることは難しいことでしょう。

周囲の声や変化こそが、一歩踏み出す理由に

医者の不養生。人間は自分自身のことには無頓着になりがちであることは、お医者様に限らず、筆者も含めて皆さんも理解できるところでしょう。

 

一方で、体調を壊した同級生の話を聞いて、そんな歳になってきたんだなと健康診断を真面目に受診するようになったり、「社長、この商品は顧客の声を反映できていません」という従業員の厳しい指摘には大声で反論できても、孫からの「おじいちゃんの工場の機械古いね」という無邪気な態度に言葉を失ったりすることはないでしょうか。

 

このように、自分自身の状況には無頓着でも、周囲の変化や言葉には敏感に反応したり、考えを変えるキッカケになったりするものなのです。特にこの年末年始は否応なしに、旧友や親族との集まりが増え、自然とこういった周囲の声や、変化を耳にしたり、目にしたりする機会が増えてきます。そんなときこそ、事業承継といった通常の環境では考えないようなことを考える一歩踏み出す機会になるのです。

いきなり「承継」を切り出さなくても大丈夫

いきなり家族に向かって、「そろそろ会社を誰かに渡そうと考えている」という宣言をしなくてもいいのです。当然ながら、そういった宣言と長期間の計画を考え始めるほうが、例えば親族間承継であれば、後継者となり得る親族は、翌年からの取り組み方が変わるかもしれません。

 

一方で、そこまでの決心がつかないということも事実ではないでしょうか。そんなときにおすすめなのが、結果的に承継に繋がるようなことを始めてみることです。

 

具体的には、個人として始められるものの一例として、内閣府が公表している「経営デザインシート」(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/keiei_design/siryou01.pdf)というものを作成してみるのも一手としてあげられるでしょう。

 

このシートの主たる目的は、会社の将来構想を検討するために、これまでのビジネスモデルや、資源といった自社の目的・特長を整理し、社内で共有することです。しかし、このシートを作成する過程で、将来を預けるべき後継者をどのように選定していくのかが明確になり、また自社の目的・特徴をしっかりと理解している後継者候補がハッキリと見えてくる効果もあるようです。

「セミナーに参加する」という選択肢

こういった、個人ないしは自社としての取組みもありますし、承継にまつわるものではなく、会社の事業運営にかかわるような販路開拓、コスト削減といった事業運営上知るべき最新動向を把握できるようなセミナーに参加してみるのもよいでしょう。

 

セミナー参加の効果は2点あります。1点めは、こういった事業運営の課題解決に取り組むこと自体が、事業承継に向けたステップとなるということです。つまり、事業課題の解決を行うことで、事業価値が上がれば、オーナーが引き継いだ際に受け取る利益の向上につながり、その事業価値を引継ぎたいと手を挙げる後継者候補が増えることにもつながります。それ以外にも、事業運営の課題解決という通常の業務遂行ではない、臨機応変な対応が求められるプロジェクトを進めていくことで、後継者として指名すべき、従業員が見つかることもあるかもしれません。

 

また2点めとしては、セミナー参加者同士の情報共有効果です。セミナーの種類にも依存してしまいますが、業務上の面談とは違い、参加するセミナーに関連する何らかの共通項を持つ経営者同士の情報交換をフラットな立場で行うこともできます。この点は案外と気づかれないポイントだったりするのですが、有益な情報交換につながったりするものです。

 

セミナー参加者同士で情報共有
セミナー参加者同士で情報共有

 

筆者が開催する創業セミナーにおいても、セミナーの内容だけでなく、同業種の方々の連携に向けた相談や、状況が近い方々の具体的な相談がそこかしこで始まるなどの様子が見られたりもするものです。セミナーへの参加自体は、年末年始は難しいかと思いますが、届いていたパンフレットを見返してみたりするのもよいかもしれませんね。ぜひ、この年末年始の機会に、周りに耳を傾けてみるところから始めてみませんか。

 

 

表 一剛

株式会社ビジネスマーケット 代表取締役社長

 

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