今回は、親族外事業承継(M&A)における「経営統合」の手続きについて説明します。※本連載では、島津会計税理士法人東京事務所長、事業承継コンサルティング株式会社代表取締役で、公認会計士/税理士として活躍する岸田康雄氏が、中小企業経営者のための「親族外」事業承継の進め方を説明します。

売り手経営者が「段階的に引退すること」が重要

第三者承継の取引が実行された後は、売り手経営者は会社の支配権を失い、経営者の立場から解放されることになる。しかし、通常はそれで終わりではなく、事業価値源泉を円滑に引き継ぐため、取引実行後も一定期間は対象会社の経営に関与する取り決めが行われるケースが多い。その関与の内容は、会社の内情など、個々の事情に応じたものとなる。

 

買い手のほうは新しいオーナーとして承継した事業の経営に着手することになる。それゆえ、売り手は事業価値源泉を新しいオーナーに円滑に引き渡し、徐々に会社経営から抜けることになる。

 

ここでは、売り手経営者が段階的に引退することが重要である。すなわち、適当な引継期間を設け、「社長交代したらそれ以降は一切会社に顔を出さない」といった急な動きをするのではなく、残された従業員や取引先によって継続的に事業価値が生み出されるよう、一歩引いた立場でしばらくは出社してサポートする必要がある。

 

前経営者の役職をどうするのか、常勤にするのか非常勤にするのか、無報酬にするのか報酬ありにするのか、実際に何をやってもらうのか、いつまで関与するのか、といった条件については、売り手と買い手の意向を含めた個々の事情に合わせて決めておく。

 

前経営者の処遇の種類として、第一に、売り手経営者が「顧間」として残るという方法がある。これは、取引実行後に速やかに社長の座を降りて「顧問」に就任し、後任の経営者は買い手が決めて、新旧社長の引継ぎに必要な期間として1年から2年程度を設定する方法である。

 

顧間として残る前、経営者は代表権を持たず、当初はほぼ常勤に近いとしても徐々に非常勤としていく。非常勤顧問となることで月額報酬は低くなるが、取引実行前に役員退職金を支払うことが可能になる。

 

しかし、この方法では第三者承継が行われて前経営者が退いたという事実が対外的に明らかとなる。それゆえ、売却の事実が取引先との関係に悪影響を及ぼし、事業価値が毀損しないように注意する必要がある。

 

第二に、売り手のオーナー経営者が会長に昇格する方法がある。前社長が、売却後に会長に昇格し、後任社長とのツートップ体制で引継ぎを行っていく方法である。

 

前社長が取引実行後すぐに一線から離れることで事業価値源泉が失われてしまうような場合には、この方法が効果的である。会長になる元社長には代表権を持たせないケースのほうが多く、経営の引継ぎが進むに連れて会長は非常勤とする。

 

この方法では、前オーナー社長が退任後も引続き重要な役員として残ることになるので、この時点で役員退職金を受け取ることができるかが問題となる。それゆえ、代表権を返上して会長に就任する際に、その勤務実態の変化と報酬額の低下の度合いを調べ、税務上も問題ないか確かめておく必要がある。

 

第三に、売り手のオーナー経営者が当面はそのまま社長として残り、次期社長は代表権を持つ役員として入る方法がある。前経営者が第三者承継後も社長の座には留まるものの、後任の社長候補が代表取締役副社長や代表取締役専務といった代表権を持った役付き取締役として招聘されることになる。

 

前経営者の事業意欲がまだ旺盛ながら事業承継問題を考慮して早めに第三者承継を決断したような場合や、取引先等との人間関係が重要な事業価値源泉となっている場合など、経営者個人が持っている事業価値源泉の承継に注意が必要な場合、このような方法も選択肢の一つとなる。

承継後の経営体制は主に「2通り」

買い手が想定する経営方針によって、取引実行後の経営体制が異なる。

 

一つは、対象会社の経営の自律性を維持させたいと考える場合、子会社として経営を行う方法である。

 

その場合、法人格の独立性を維持したうえで、買い手の経営への関与を限定的とするケースが考えられる。これは、対象会社を子会社として存続させ、許容できる限り経営の自主性を維持するという方針である。

 

役員構成は買い手から若千名の役員を派遣するものの、代表者の変更も求めない。こうした経営体制は、経営統合が従業員の反発をもたらして事業価値を毀損するおそれがある場合、買い手との経営統合によってシナジー効果を生み出さない場合に採用される。

 

これに対して、子会社としての独立性は維持するものの、買い手として経営に積極的に関与していくケースもあるだろう。対象会社の代表者が買い手から派遣され、全体の役員構成も買い手から派遣される役員が過半を占めるなど、買い手が経営の支配権を握る。

 

こうした経営体制は、対象会社が買い手と同じ事業内容である場合や、事業価値の拡大のために梃入れが必要である場合に採用される。つまり、新しい経営陣のもとで、ビジネスモデルの変更や新しい事業価値源泉の導入が推進される。

 

ただし、買い手の支配色が強まると、「乗っ取り」というイメージが強まり、優秀な人材の離職などによって事業価値源泉を失うおそれがあるため、慎重な対応が必要となる。

 

もう一つは、買い手の会社へ吸収合併する方法である。これによって、人事制度をはじめとする各種制度は、買い手の同じものが適用されることになる。経営統合のスピードが速いため、シナジー効果を早期に実現させることができる。

 

しかし、統合作業にかかる現場の負担が大きく、従業員の離職など一時的な混乱を引き起こして事業価値を大きく失ってしまうおそれがあるため、公認会計士を活用した組織統合プロジェクトを実行するなど、全社的な取り組みが求められる。

 

この話は次回に続く。

 

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