高額の住宅ローンを組んだマイホームが終の棲家になる——。その「当たり前」の前提が、いま静かに変わりつつあります。住まいの選択肢は、持ち家だけではないのかもしれません。本記事ではFPオフィスツクル代表・内田英子氏がAさんの事例とともに、人生100年時代に知っておくべき「住まいの考え方」について解説します。
「いまとなっては、賃貸もアリだった…」月20万円の住宅ローンを払って完済した74歳夫妻、持ち家で漏らした老後の後悔【FPが解説】
持ち家か、賃貸か…老後に出る答え
現役時代を振り返り、高額な住宅ローンを支払ってきたことに後悔の色を滲ませているAさんですが、もっとも、お金の面だけをみてこれまでの人生の答え合わせをするのは適切ではないでしょう。
実際のところ、夫妻が働き、住宅ローンを返してきた30年ほどのあいだに、家計を取り巻く環境は大きく変わりました。
たとえば、国土交通省の資料※1では、当時の賃貸住宅市場は「未発達」の状況で、大都市圏では「良質なファミリー向け賃貸住宅が不足している」との課題が取り上げられていました。1993年の賃貸住宅の平均床面積は45.1平方メートルで、持ち家の半分以下。ファミリー層からみると特に、十分な広さや質を備えた賃貸住宅の選択肢が、いまより限られていたことがうかがえます。
「結婚したら家を持つ」「家を持って一人前」といった空気も強く、住宅を購入することが一つの人生のゴールとして捉えられやすい時代でもありました。子どもを育てるために一定の広さや住環境を求めたとき、「自分たちで家を持とう」と考えることの合理性は、いまよりも大きくあったはずです。
Aさんが退職金以外の資産形成を十分にできなかった背景には、収入だけではなく、税・社会保険料など家計を取り巻く環境の変化もあったでしょう。加えて、近年は物価上昇によって、日々の支出を自分たちの努力だけで抑えることも難しくなっています。いずれも自分たちだけではコントロールできないものです。
たとえば、財務省の資料※2によると、税と社会保障負担をあわせた国民負担率は、1990年度の38.4%から2019年度には約6%上昇しています。なかでも社会保障負担率は約8%上昇しました。現役時代のAさんのように、住宅ローンで大きなお金が差し引かれる場合、「お金があっという間になくなる」という実感を持っていた人は、きっと少なくないでしょう。
ただ、Aさんの後悔から学びを得るとすれば、住宅ローンの返済額については、再考の余地があったといえるでしょう。住宅購入時に、家にどれくらいのお金をかけ、住宅ローン返済をどの程度にするのかは、自分たちである程度調整することができます。住宅ローン返済を抑えていれば、資産形成やそのほかの暮らしに回せるお金を残せたかもしれません。
近年は住宅に関する国の政策目標も変わっています。2016年と2026年の住生活基本計画※3では、現役時代に買った家を、必ずしも終の棲家とするのではなく、高齢期でも必要に応じて暮らしにあった住み替えができる環境を目指しています。具体的には、2016年には、「住宅すごろくを超える新たな住宅循環システムの構築」が、2026年には「人生100年時代における時々のライフスタイルに適した住宅」を過度な負担なく確保できる社会モデルが掲げられました。
「住宅すごろく」とは、その時々のライフステージに合わせて住まいを替えながら、最終的な住宅購入を「ゴール」とする、従来型のライフスタイルを指します。現役時代に買った家を終の棲家と考えている人は多いですが、国の方向性としてはすでに10年前から、人生の変化に応じて住まいを選び直せる住まい方へと舵を切っているのです。
住み替えを前提とする場合、住宅以外の資産、つまり金融資産がその時の選択肢を左右する可能性があります。これからの住宅購入では特に、家以外の資産形成を妨げない住宅購入が重要になってくるでしょう。