「やっぱり家がいちばん」――もう一つの選択肢

その後、美穂さん親子はすぐに次の施設を探すことをしませんでした。何度も話し合った結果、紀子さん自身が「やっぱり家が落ち着く」と話したからです。要支援の認定も受けておらず、日常生活はまだ自分で送れていました。

日本労働組合総連合会が発表した「老後のくらし方に関する意識調査2025」によると、「自身に介護が必要になった場合の住まい選びの意向」について、「現在住んでいる自宅で暮らし続けたい」と回答した人が57.0%で最多となっています。「介護施設に入居したい(15.8%)」という回答を大きく上回る結果です。

介護が必要な状態でさえこれほど多くの人が自宅を望むのですから、まだ自立して動ける紀子さんが、慣れ親しんだ台所や生活環境を恋しく思うのは、むしろ当然の反応だったと言えるでしょう。

美穂さんは「いまの母に必要なのは、施設ではなく安心して暮らせる自宅環境なのかもしれない」と考えるようになります。

生活エリアを1階へ集約し、段差解消・手すり設置・ヒートショック対策を含む自宅リフォームを実施。費用は約1,500万円にのぼりましたが、地域包括支援センターを通じて自治体の補助制度も確認しました。見守りサービスも導入すると、紀子さんは少しずつ表情を取り戻していきました。

「やっぱり、自分の台所がいちばん落ち着くのよ」。その言葉を聞いて、美穂さんは気づいたといいます。"安心できる場所"を決めるのは、設備や価格ではなく、その人自身の「ここがいい」という感覚なのだと。

もちろん、この先ずっと一人暮らしを続けられるとは限りません。「もし介護が必要になったときは、そのときに改めて考えよう」と話し合い、いまは地元の施設を少しずつ見学しているそうです。

ファイナンシャルプランナーとしてひとつ申し上げるなら、「価格の高さ=安心」は、老後の住まい選びでは通用しないことがあります。そして入居後に「合わない」と気づいても、環境を変えること自体が高齢者には大きな負担です。体調を崩すこともあります。

だからこそ、入居前に「その人が、その人らしくいられる場所かどうか」を本人と丁寧に話し合うこと。それが、後悔しない老後の住まい選びの、最初の一歩になるはずです。

三原 由紀
プレ定年専門FP®

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