豪華な施設でも埋められなかった、“居場所の違和感”

紀子さんが入居した施設は、決して“悪い施設”ではありませんでした。スタッフは丁寧で、対応も早い。食事も豪華で、医療面の安心感もある。それでも当人に「合う施設・合わない施設」があります。

紀子さんは、もともと社交的なタイプではなく、夫を支えながら家庭中心に生きてきた女性でした。一方、高級老人ホームという特性からでしょうか。施設には現役時代に第一線で活躍してきた人や、社交慣れした人が多くいました。

毎日のように開かれる交流イベントは、施設にとっては「孤立防止」のための配慮でも、紀子さんにはかえって負担になっていたのかもしれません。

さらに、高齢者は環境変化の影響を強く受けます。配偶者との死別だけでも大きな喪失体験です。そこへ長年の自宅を離れ、生活リズムが変わり、人間関係が一変すれば、心身のバランスを崩す人は少なくないでしょう。紀子さんもまた「娘に迷惑をかけたくない」と我慢を重ね、退去を決めたころには軽い抑うつ状態の兆候も見られていたといいます。

美穂さんも早めに動けなかった理由があります。「もう少し様子を見れば慣れてくれるかもしれない」という期待と、高額な一時金を支払ったという事実が、判断を先送りにさせていたのです。

退去を決めたのは入居から4ヵ月後のこと。ここで知っておきたいのが「90日ルール(短期解約特例)」です。

老人福祉法に基づくこの制度では、入居から90日以内に退去すれば、初期償却分は適用されず、実際に入居した日数分の家賃やサービス費用を差し引いた金額が返還されます。しかし4ヵ月(約120日)が経過していたため、初期償却が適用され、返還額は当初より約800万円少なくなったといいます。判断の先送りが、経済的なダメージとして表れた形でした。