「後悔」の正体と、これからの整え方

田中さんは、「千葉の戸建てを選んだこと自体が間違いだった」と思っているわけではありません。当時は、子育てという明確な目的がありました。子ども部屋を確保し、庭で遊ばせ、家族4人がのびのびと暮らす。その目的に照らせば、「広さ」を最優先した判断は合理的だったと言えます。

では、59歳になった今、胸の奥にくすぶるこのモヤモヤの正体は何なのでしょうか。それは、判断が誤っていたという後悔ではなく、さまざまな変化に、今の住まいが少しずつ合わなくなってきたという違和感です。

勤務地の変更、コロナ禍で在宅勤務を経験したこと、そして自身の体力の変化。往復3時間半の通勤は、年間にすれば800時間以上になります。定年まであと6年。この生活を続けるのかどうか。子どもたちが巣立った後、かつて家族4人で使っていた「広さ」を、夫婦2人でどう活かすのか。

今の住まいは、これからの自分たちの暮らしに本当に合っているのか——。そう問い始めたこと自体が、田中さんの変化を物語っています。

こうした問いに万能の正解はありません。ただ、「家は一生の買い物」という前提をいったん脇に置き、暮らしの優先順位が変わったという事実を認めることが、次の一歩につながります。必要なのは「後悔」ではなく、「再設計」という視点です。それは、住まいを通じて「これからの時間をどう使いたいか」を考え直すことでもあります。

では、何から始めればよいのでしょうか。まずは、現状を正確に把握することです。住宅ローンの残高、退職金の見込み額、そして年金の受給見込み額と毎月の支出。これらを書き出してみるだけでも、「この家に住み続けられるのか」「住み替えという選択は現実的なのか」といった判断の材料が見えてきます。

たとえば田中さんの場合、預貯金600万円、退職金の見込みは約2,000万円、住宅ローン残高は約1,900万円です。大きな余裕があるわけではありませんが、同時に身動きが取れない状況でもありません。売却価格の目安を調べ、完済後にどの程度の資金が手元に残るのかを試算してみる。それだけでも、選択肢の現実味は変わってきます。

59歳は、まだ選択ができる年齢です。こうした揺らぎは、失敗の証ではありません。優先順位が変わったというサインです。あのときの決断を否定する必要はありません。ただ、これからの暮らしに合っているかどうかを、夫婦でいま一度問い直してみる。その対話こそが、老後を安心して迎えるための土台になるのではないでしょうか。
 

三原 由紀
プレ定年専門FP®