鎌倉が「軽井沢の成功事例」をマネできない理由

象徴的なのは、不動産や観光の変化だ。軽井沢では単なる別荘利用にとどまらず、IT企業のサテライトオフィスや経営者の長期滞在、スタートアップ関係者の実質的な“生活拠点化”が進んでいる。

対して鎌倉は、文化財保護や景観規制が厳しく、オフィス用途や事業拠点を受け入れる余地が限られてきた。結果として、関係人口は増えても、所得を生む滞在は限定的になりやすい。

つまり両者の差は、「ブランドの強さ」ではなく、ブランドを、どこまで“稼ぐ仕組み”に転換できたかという点にあるのだ。

[図表]鎌倉市と軽井沢の富の構造の対比 著者作成
[図表]鎌倉市と軽井沢の富の構造の対比
著者作成

無形資産が“強すぎる”鎌倉

鎌倉の難しさは、無形資産があまりに強い点にある。歴史と文化は守るべきものであり、同時に、それが新たな経済活動の制約にもなる。

地元住民の一人は、最近の町の変化をこう話す。

「今もポルシェやレンジローバーのようなおしゃれな高級車が走ってる。でも、昔とは違って住んでる人じゃない。週末だけ来る人、仕事で行き来する人が多いね」

関係人口は増えている。しかし、それが「町の平均所得」を押し上げる構造には、まだ完全にはつながっていない。文化都市としての価値と、所得を生む経済モデルの間に、微妙なズレが生じている。

文化資本は「守る」だけでは足りない

鎌倉が示しているのは、成熟したブランド都市が直面する普遍的な問いだ。歴史や文化、景観といった無形資産は、それ自体では所得を生まない。どう更新し、どう現代の稼ぎ方と接続するかが問われている。

鎌倉はいまも、日本有数の豊かな町である。だが、もし再び「稼げる町」として浮上するなら、文化資本を“保存する対象”から、“活用する経営資源”へと位置づけ直す必要がある。

この課題は、鎌倉だけのものではない。成熟した観光地、歴史都市、ブランド地域を抱える多くの自治体にとって、次の時代の繁栄を左右する共通のテーマといえるだろう。

鈴木 健二郎
株式会社テックコンシリエ 代表取締役
知財ビジネスプロデューサー