「老後は身軽に、無駄なものは持たない」。理想的で快適な暮らしのはずなのに、なぜか「家に帰りたくない」と感じてしまう60歳男性がいます。節約も貯蓄も順調、老後資金の目処も立っているはずの夫婦の間に広がったのは、安心ではなく何とも言えない息苦しさでした。老後のためにと始めた「ミニマルライフ」が、なぜ夫婦のすれ違いを生んだのか? 老後不安が招く意外な落とし穴をFPの三原由紀氏が解説します 。
いつもありがとう、でも家に帰りたくないんだ...年収520万円・資産4,300万円の60歳夫「ミニマルライフ」で老後に備える妻に感謝するも、足が向かってしまう「秘密の場所」【FPの助言】
妻は「年収減への不安と責任感」で懸命に努力も、広がる夫婦のズレ
暁子さんがミニマルライフに舵を切ったきっかけは、5年前のこと。その年、一朗さんは勤め先の等級(グレード)見直しにより、年収が3割ほど下がりました。
「この先、何があるかわからない……」
最初は、暁子さんも不安が先に立ったといいます。ただ、その不安は、立ち止まる方向には向きませんでした。子どもがいない夫婦にとって、老後の生活を支えるのは夫婦2人だけ、と強く意識してきました。
長年、家計を管理してきた暁子さんにとって、「今まで以上に、私がきちんと守らなければ」という責任感が、むしろ強まったのです。そこで始めたのが、ミニマルライフでした。
物を減らせば管理しやすい。支出を抑えれば、将来の見通しが立つ。成果が目に見えることで、不安は少しずつ落ち着いていきました。一方で、投資については、最初から選択肢にありませんでした。「増えるかもしれない」よりも、「減るかもしれない」リスクのほうが、どうしても大きく感じられたからです。
増えなくてもいい。減らなければ成功。そう考えて預貯金を積み上げ、結婚後の長い家計管理の結果として、気づけば2,300万円になっていました。さらに暁子さんは、ミニマルライフに関する資格も取得し、将来につながればという淡い思いも抱いていたといいます。
しかし、一朗さんの中には、別の感覚が芽生えていました。
「不安なのはわかる。でも、ここまで切り詰めなくてもいいのではないか」
たくさんのことを「いらない」と切り捨ててしまう。それで本当にいいのだろうか――そんな違和感です。ただ、その思いを言葉にすることは、次第に難しくなっていきました。同じ家計簿を見て、同じ数字を共有していても、安心の作り方は夫婦で少しずつズレていったのです。