麻雀仲間の「ひと言」に覚えた“違和感”

その後も、生活は順調そのものでしたが、鈴木さんにはどうしても1つだけ気になることが出てきました。

それは、麻雀仲間たちが時折口にする「公務員」という言葉です。

「公務員は安定していていいよなあ。俺たちは苦労したもんだよ」
「結局、俺たちの税金で腹を膨らましてきたんだろう? 羨ましいなあ」

それは会話の流れのなかで何気なく出てくるもので、決して悪気があるようには見えないものの、鈴木さんにはどこか引っかかるものがありました。

特に、元経営者の久さん(仮名)は公務員の終身雇用や退職金制度について快く思っていない様子で、鈴木さんに向ける視線が少しだけ冷たく感じられる瞬間もありました。

一方、鈴木さんは長年行政の現場で働き、地域社会のために尽くしてきたという強い自負があります。

「“羨ましい”なんて言われる筋合いはない……」

「公務員は~」という言い方をされるたびに、鈴木さんの心には小さなモヤモヤが積み重なっていったのです。

“理想の田舎暮らし”が一瞬で崩壊した「決定的な出来事」 

そんなある日、鈴木さんの“違和感”が「確信」に変わる出来事に直面しました。

その日もいつものように仲間と集まり、にぎやかな時間を過ごしていた鈴木さん。途中でトイレに席を立ち、戻ってきて部屋のドアに手をかけた瞬間、なかから自分の名前が聞こえてきました。

「公務員ってラクでいいよな」
「こっちは必死で働いてきたのに、税金で守られてきたんだろ?」
「知らん土地に移住してきていきなりあんな大きな家を建てられるんだから、お金は十分あるんだろうな」
「正直、ああいうタイプはあまり好きじゃないね」

公務員に対する嫉妬と強い偏見、そして鈴木さん個人を軽んじる言葉……。それらが笑い声と一緒に交じり合い、はっきりと耳に飛び込んできました。

久さんだけでなく、これまで親切にしてくれていたはずの人たちの本音に、鈴木さんは胸が締めつけられます。心がポッキリと折れる音がしました。

「ここにいたらダメだ」

帰宅後、鈴木さんは妻にすべてを打ち明け、家の売却を決断。それは、憧れの地方に移住してからわずか1年あまりの出来事でした。