優しい笑顔の裏で…少しずつ崩れていく日常

八木さんの新生活は、快適そのものでした。職員は親切で、施設内では入居者たちが世間話に花を咲かせ、笑い声が絶えません。

「ここにしてよかったな」

入居当初は、心からそう思っていた八木さん。しかし、入居から3ヵ月ほど経った頃から、状況が少しずつ変わっていきます。

ある日、職員のひとりが声をかけてきました。

「八木さん、最近お手元が少し震えることがありますよね。包丁を使うのも危なく感じることがあるでしょうし、食事サービスを利用されてはいかがでしょうか?」

別の日には、こうも言われました。

「洗濯も腰に負担がかかりますよね。職員が代わりに洗濯して干すサービスがあります。皆さん利用されていますよ」

最初は親切心からの提案だと思っていましたが、のらりくらりとかわしても、日が経つと同じような提案を受けます。しだいに、断りにくい雰囲気を感じるようになりました。

また、清掃やベッドメイキング、買い物代行など次々と新しいサービスを案内され、断ると心なしか職員の態度がそっけなくなり、以前のように声をかけてもらえなくなるのです。

さらに、サービスを利用している入居者たちはスタッフと楽しそうに話しており、自分だけが取り残されているような気持ちになります。

「みんな利用しているなら、自分もお願いしたほうがいいのかな……」

八木さんの心に、迷いが生じるようになりました。

思わず息子に助けを求めた「請求額」

結局、八木さんは生活の不便さと周囲の雰囲気に押され、食事サービスや洗濯、清掃など複数の追加サービスを申し込むことに。

職員の態度も戻りいっときは安堵する八木さんでしたが、翌月の請求金額を見て思わず二度見します。そこには、次の文字が記載されていたのです。

追加サービス利用料:60,000円

年金は月17万円。施設の基本料金に加え、この6万円の追加負担では、生活費を差し引くと毎月数万円の赤字になります。最初のうちは貯金を取り崩してやりくりしていましたが、赤字の月が3ヵ月、4ヵ月と続くうちに、通帳の残高も目に見えて減っていきます。

「年金受給額の範囲で暮らせるはずだったのに……どうしてこんなことに」

日に日に不安が募り、ついにある晩、八木さんは息子の清司さんに電話をかけました。

清司……助けてくれ。もう、どうしたらいいかわからん