賃貸物件で死者が出た場合、その部屋は「事故物件」として借り手がつきにくくなります。そのため、貸し手としては原状回復や家賃の減額など、さまざまな対策に苦労するケースも少なくありません。都心にあるタワマンの1室を所有するオーナーは、当該物件から転落して亡くなった借主の同居人と相続人に対して損害賠償を求め提訴。裁判所はどう判断したのでしょうか。実際の判例をもとに、弁護士の北村亮典氏が解説します。
都内タワマン13階から住人が飛び降り→物件オーナーが借主の相続人に「損害賠償564万円」を請求…裁判所が下した判決は【弁護士が判例解説】
裁判所が下した判決は
以上の点について、裁判所は以下のように判断しています。
1.賃借人の死因が自殺か否か
裁判所は、東京都監察医が作成した死体検案書の記載にもとづき(「死因の種類:自殺」「約40メートルの高所より飛び降り」など)、賃借人は、死亡当時、うつ状態であり心療内科に入通院していたこと、及び、賃借人がバルコニーから落ちた際、本件建物のバルコニーには高さ約150cmの壁と手すりがあり、単なる転落事故としては構造上不自然と考えられることを重視し、バルコニーから飛び降り自殺したと判断しました。
これに対して、賃借人側は、自殺の動機が乏しい、炊飯器のセット予約やコーチングの予約がなされていたことから偶発的な事故死の可能性が高いと反論しましたが、これを裏づける客観的証拠はないとしてその主張を退けています。
2.賃借人に「自殺をしない義務」が含まれるか(善管注意義務の範囲)
自殺があった建物に居住することに抵抗を感じる者が相当数存在することは公知の事実であり、賃貸人や仲介業者等は、通常、賃貸借契約の目的物である建物において過去に自殺があった場合は、新たに賃貸借契約を締結するに際して、おおむね3年間はその旨の告知をすべきであると考えられています。
このようなことから、裁判所は、自殺があった建物は、「自殺のあと一定期間にわたって、その交換価値や賃料相場が下落し、所有者や賃貸人に経済的損害が生じることがあり、賃借人は当然にこのような事情を予見することができるものであるから、賃借人は善管注意義務の一環として、賃貸借の目的物である不動産において自殺しない義務を負うというべきである」と判断しました。
また、本件は、本件賃貸借契約の目的物である貸室内の自殺ではなく、建物からの飛び降り自殺の事案であったことからガイドラインで明確な告知義務が定められているものではないものの、
「過去に自殺があった建物であるという評価がされることについては変わりがなく、賃貸人や仲介業者等は、賃借人からの責任追及を避けるためには、賃貸借契約の目的物である建物からの飛び降り自殺があったことも同様に説明をせざるを得ないといえる」とも述べています。
これに対して、賃借人側は、自殺は人生の終末として事故死と区別なく扱うべきだ、うつ状態による責任阻却を認めるべきだなどの主張を展開しましたが、裁判所はこれを独自の見解として退け、賃貸人に落ち度がないのに損害を被るのは正義・公平の観点から容認できないと述べています。