「何かを得るには、何かを手放す」。でも、取り戻せないものも

定年後の加藤さんは、ある意味“理想の老後生活”を送っています。朝はゆっくり起き、ネット証券の口座を確認。配当金が積み上がっているのを見るのが日課です。

「でも、何もしてないんですよね。時間はある。でも、何をしていいのか分からない」

定年後、思い立ってゴルフを始めようとしたこともありました。しかし、一緒に回る仲間がいません。妻は友人との交流や趣味のサークルで忙しく、「一緒にどこか行こう」と声をかけても「また今度ね」と軽く流される。娘もすでに独立し、連絡は月に一度あるかないか。

「結局、家でひとりぼっち。ネットで投資ニュースを見て、証券口座の残高を眺めて、『よし、順調だ』と自分に言い聞かせる。でも、心のどこかが空っぽなんです」

そう語る加藤さんは、「使っていれば得られたかもしれない時間」の存在を痛感しています。 旅行も、人との交流も、「貯めてから」「老後に回そう」と思っていたことの多くが、いまでは“やろうにもできない”状態になってしまっているのです。

日本人高齢者の「お金を使えない心理」なぜ起きるのか

加藤さんのように、“資産はあるのに使えない”という高齢者は決して少数派ではありません。内閣府『令和6年 年次経済財政報告 』では、高齢者が金融資産を取り崩さずに保有し続ける背景として、「長生きリスクへの備え」や「遺産として子どもに残したい」という心理が紹介されています。

実際、かなり高齢になっても、資産の多くは手つかずで残ることが多いのです。つまり「何かあったら怖いから」「まだ使う時期じゃない」と思っているうちに、時間が過ぎてしまう――のではないでしょうか。

「お金が貯まったら、ゆっくり旅行に行こう」「いつか仲間と趣味を楽しみたい」そう思っていても、その“いつか”が来た時には、体力や人間関係がついてこないこともあるのです。