「子供を産んでもいいかもしれない」内面の変化

一方で、取材を通して起こった内面の変化もあるといいます。

依田さんは、「私は自分の母親を見て『自分は母にはならない』と思っていたフシがあったのですが、ドーナトさんへの取材を通じて、母親になりたくないというのは子供を産みたくないということではなくて、母親という役割を負いたくないのだと自分の中で気持ちの因数分解ができた気がします。皆さんの声やお話を聞くうちに『完璧な存在ではなくていいんだよ』ということを伝えたいと思ったし、本に登場した方のように『母親』ではなくて『保護者』として子供を持つ選択肢もあるのかもしれないと思ったら、逆説的ではあるのですが、私も子供を産んでもいいかもしれないと思えるようになりました」と振り返りました。

取材まっただ中の2022年夏、依田さんの妊娠がわかり、12月に『クローズアップ現代』でもうすぐ母になる依田さんの視点から「”母親の後悔”その向こうに何が」を放送しました。

ウェブサイトでの配信から同書の刊行まで足掛け2年半の月日が経ちましたが、取材で大変だったことは?

「取材する私たちが『大変だった』というよりも、取材相手の方にすごく負担だっただろうなとは思います。『この話をすること自体が罪悪感を抱いた』とおっしゃっていた方もいます。ただ、みなさん一貫しておっしゃっていたのは、『声を上げることで、私だけではないんだと思ってくれたり、社会に何かを問いかけたりできればいい』と言ってくださったので、その思いをきちんと形にできるように頑張らなければと思いました」(依田)

「話してくださったご本人も取材を受けることで批判がくることを予想していました。それもわかった上で、『だからと言って自分が感じたり、悩んだりしていることをなかったことにはできない』という思いで取材を受けてくださいました」(髙橋)

(C)新潮社
(C)新潮社

「いえたなら」に込めた思い

最後に『母親になって後悔してる、といえたなら』のタイトルに込めた思いを聞きました。

「いえたならというタイトルには、裏返せば日本社会はまだまだ『母親になって後悔してる』ことを言えない社会の表れであることも示しています。だからこそ、後悔してもいいじゃないという風潮になればいいなと思いました。それが回り回っていろいろな呪いを解いていくものになるんじゃないかって思うので。社会がもう少し寛容になったり、すべてを自己責任論に押し込めたりするのではなくて、『後悔しちゃうこともあるよね、だからこうしていければいいよね』というふうに社会を変えるきっかけになればいいなと今回の取材を通じて思いました」(依田)

ドーナト氏の本も手がけた担当編集の内山淳介さんも「“いえないという状況“と“いえたら何かが変わってくる“という二つの意味を持たせられると思いました」と明かします。

SNSを開いても「母親になって後悔」という言葉に「だったら離婚すればいいのに」や「子供が可哀想」と非難する言葉も少なくなく、後悔それ自体を受け止める“土壌”があるとは言えません。

「子育てが大変だと声を上げた人たちに対して、今の社会は『そんなの産む前からわかっていたことでしょ?』と迫ってくるのですが、想像していたことと実際やってみて感じたことが違うことはあることですし、『わかっていたでしょ?』の一言で彼女たちの辛さや大変さがなかったことにされていいはずはないと思うんです」(髙橋さん)

「母親の後悔」をゴールではなく、よりよい社会や生き方の可能性の出発点にするために……社会や私たち1人1人がこの言葉をどう受け止めるかが問われています。

THE GOLD ONLINE編集部