コロナ禍を経て、日本では様々な食シーンの進化が起こっています。この動きを世界レベルに広げてみると、さらに多様な革新を発見することができます。私は今年の夏に4年ぶりにイギリスを訪れました。同国はフードテックにおいてリーダー的存在であり、日本ではまだまだ知られていないビジネスモデルやサービスが提案されてはじめています。そもそもイギリスにおけるフードテック産業は、SDGsやESG投資の盛り上がり、健康意識の向上によって注力されている領域。そして、フードテックに関するスタートアップ企業の成長が活発になっているのがロンドンやケンブリッジです。イギリスは、スタートアップ企業の育成に国を挙げて取り組んでおり、国別ユニコーン企業数のランキングでは米中に次ぐ3番目に位置しています。そこで私はその流れをリアルにリサーチすることにしました。ヘルスケア領域における起業家や投資家へのリサーチを実施、取材する中でフードテックの進化を感じる話題はたくさんありましたが、ここではその中から“リアルさ”を重視し、実際にイギリスですでに実用化がはじまっている、現地関係者が特に注目する企業事例を3例ご紹介したいと考えました。さっそくはじめていきましょう!
JWO を活用したamazon freshからケンブリッジのスタートアップまで… 2024年イギリスで発見した3つのフードテック事例

 ※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。

amazon freshがより身近で魅力的な存在に

ロンドンに店舗を構えるamazon fresh実店舗。アマゾン会員のみならず誰でも利用ができる。どんな店内なのか?(著者撮影)
ロンドンに店舗を構えるamazon fresh実店舗。アマゾン会員のみならず誰でも利用ができる。どんな店内なのか?(著者撮影)

 

まずは最も身近な事例として、日本でも2017年のコロナ前からサービスが始まっている「amazon fresh(アマゾンフレッシュ)」の浸透ぶりからはじめていきましょう。ロンドンの街中に実店舗が存在し、旅行客など誰でも気軽に入店をして買い物をすることが可能になっています。驚いたのは、日本におけるビジネスモデルとは大きく違うこと。日本のアマゾンフレッシュは、関東の限られたエリアにおけるオンライン購入と配送が基本。大手スーパー数社と協業することでサービス拡大を進めています。

イギリスにおいては、「ジャスト・ウォーク・アウト(JWO)」という技術を活用したコンビニエンスストアの形態で店舗が登場。客は購入した商品をレジを通さずそのまま商品を持ち帰ることが可能になっています。これは、パッケージ化された生鮮品はもちろんのこと、袋に入っていないパンやテイクアウト用のコーヒーまですべて網羅。事前に「amazon ショッピングアプリ」を携帯端末にインストールしておく必要があるものの、これをやってしまえば精算はオンライン上で行われ、驚くほどスマートな買い物ができるという仕組みになっています。

 

袋詰めされていないパンなどもレジ精算をせずに決済が可能になっている。(著者撮影)
袋詰めされていないパンなどもレジ精算をせずに決済が可能になっている。(著者撮影)

 

イギリスにおける店舗出店は進んでいるものの、店舗によっては業績不振店舗が発生するたびに閉店対応や購入システムの変更を検討。具体的にはアプリ限定での購入形態を緩和し、対面のレジで精算することもできる「ハイブリッド方式」を採用するなどの改善策を実施しています。

また、アメリカにおいては、今年に入ってからこのJWOシステムを撤去、新たな仕組みを導入しており、各国におけるアマゾンフレッシュの動向は今後も注目していきたいところです。

イギリスのアマゾンフレッシュにおいて特筆すべきは、買い物システムだけに依存しないアマゾンの独自性。果物やカット野菜などの生鮮品やピザなどの加工品をはじめ、多くの商品ジャンルでプライベートブランドが登場しており、イギリスの他スーパーと比較しても価格面で優位性を感じるものも。テクノロジーの進化と共に重要なのは、顧客が根源的に持つ「おいしそう!魅力的!」と感じる商品力。イギリスにおいてはその点を実現するような魅力的なオリジナル商品があふれていました。

 

快適、安い、おいしそうの3点をバランスよく兼ね備えたサービスが実現しつつあるのを目の当たりにしました。(著者撮影)
快適、安い、おいしそうの3点をバランスよく兼ね備えたサービスが実現しつつあるのを目の当たりにしました。(著者撮影)

 

栄養吸収はエビデンスから。ケンブリッジのサプリメントメーカー「Cambridge Nutraceuticals」

 
「Cambridge Nutraceuticals(https://www.camnutra.com/)」HPより引用。
「Cambridge Nutraceuticals(https://www.camnutra.com/)」HPより引用。

 

続いては、栄養サプリメント業界に確かなムーブメントを生み出している企業事例。「Cambridge Nutraceuticals(https://www.camnutra.com/)」という健康サプリのメーカーです。1つの栄養に注目して効能を期待する時代が世界的には終わりつつあり、イギリスでは様々なスタートアップ企業が学術機関と連携した製品開発が行われています。同社は、ケンブリッジ大学との密接な連携によって厳格な科学的アプローチと臨床研究を活用し、体内に吸収されやすい有効成分をサプリメントにして提供していますこの製品化へのアプローチにおいて様々なITやAIが活用されているとのことですが、イギリスにおけるヘルスケアビジネスは競争が激しい分野でもあり、詳細はほとんど明かされていません。


製品を見ていくと、ユニークなのが「Prime Fifty(プライムフィフティー)」という50歳以上の栄養と健康ニーズに対応したサプリメント。加齢によって生じた栄養上の問題を解決するように設計されています。例えば、「Fighting Fatigue」は、50歳以上が疲労と戦うために特別に開発されたマルチビタミンサプリ。対象年代特有のエネルギー要件に合わせて科学的に研究され、疲労感や倦怠感を軽減させるために各栄養素が配合されています。これらはすべてエビデンスとなるデータを活用して製品化されたものです。

また、「LactoLycopene(ラクトリコピン)」は、リコピンとホエイプロテインを組み合わせた特許取得済の製品。天然のリコピンは体内に吸収されにくいことに注目し、臨床試験において有意義な結果を出したエビデンスをもとに開発されています。細かく製品を見ていくと、前立腺の健康をサポートする「XY Pro+」、男性不妊治療を目的とした「Fertility+」などがラインナップ。日本のサプリ業界とは異次元の先進性を実感することができるはずです。

 

健康と持続可能性を両立させた食品開発メーカー「The supplant company」

「The supplant company(https://supplant.com/)」HPより引用。
「The supplant company(https://supplant.com/)」HPより引用。

 

最後は、人々の健康と地球環境の持続可能性の両立を目指した食品企業「The supplant company(https://supplant.com/)」。農業の生産現場において実際に活用されずに無駄に廃棄されてしまう「副産物」に注目。それらを有効活用することで、これまでにない付加価値のある食品(原材料)を開発することを目指し、さまざまな研究・開発を行っています。

具体的には世界の多くの農場で栽培される主要穀物としてトウモロコシや麦類(オート麦、小麦など)がありますが、これらの大半は芯、殻、茎であり、食べられずに廃棄されてしまう部分。これらをアップサイクルすることで、持続可能で栄養価の高い代替食品を生み出しているのです。

例えば、同社の「Multi Purpose Baking Base(多目的焼き菓子用ミックス粉)」は、ミシュランのスターシェフと共同開発された砂糖代替品や、アップサイクルによって生まれた小麦粉代替品を活用した製品。食品の機能としては砂糖の役割を担うものの、体内に入った時に食物繊維として働き、最大50%の砂糖削減、25%のカロリー削減、8倍の食物繊維増加を実現しています。

このビジネス発想は、健康だけでなく持続可能性という側面まで考えられた先進性があり、世界が抱える食料問題や健康問題を解決しうる可能性を強く感じました。

さあいかがでしたか? イギリスのドラッグストアやスーパーマーケットを見ていても、単に健康やおいしさだけに寄与するようなものではなく、幸せや快適さ、地球環境をも考慮した複合的なコンセプトの食品の台頭が目につくようになっています。今回のイギリスでの取材を通し、新しいビジョンや発想でフードテックにチャレンジするスタートアップ企業が世界中で増えていくことを予感しています。

 

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<著者>
スギアカツキ
食文化研究家。長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを幅広く学ぶ。在院中に方針転換、研究の世界から飛び出し、独自で長寿食・健康食の研究を始める。食に関する企業へのコンサルティングの他、TV、ラジオ、雑誌、ウェブなどで活躍中。