かつては自宅で茶道教室を営み、しっかりとした完璧な女性だった義母。ある日、上機嫌で「不良」と書かれた紙を貼ったビール瓶を著者の元に持ち込んだ日から、義父母の介護生活が始まっていたのかもしれない……。翻訳家・エッセイストとして知られる村井理子さんの介護奮闘記『義父母の介護』(新潮社)より、義父母の介護に奔走する奮闘記をお届けします。
青天の霹靂?ある日、「不良」と書かれた紙を貼ったビール瓶を持ち込んだ76歳の義母…翻訳家・エッセイストとして活躍する著者が直面した介護生活の前兆とは?
瓶ビール事件
今から思い返すと、すべての始まりは子どもが小学校四年生になった頃ではなかったか。二〇一六年のあたりだ。当時七十六歳だった義母がいつものように、上機嫌で瓶ビールを数本持ってわが家に遊びにやってきた(夫の実家は車で約三十分のところにある)。
「はい、あなたにお土産!」と言いつつ義母がダイニングテーブルにドーンと置いた瓶ビールには、「不良」と書かれた紙が貼られていた(全ての瓶に)。えっ? ビールが不良品なの? それともワシ? しばらく考えたが、にこにこと笑う義母からはなんの悪意も感じられなかった。
その晩帰宅した夫に、「不良」と書いた紙が貼り付けられたビール瓶を見せて、「これ、なんかおかしくない?」と聞いた。「何か事件が起きるかもしれない」というワクワク感で多少にやついていた私に夫はむっとしていた。そして、「べつにおかしくないんじゃない?」と答えた。
「おかしくないわけないじゃん!どう考えても、これはおかしい。何かがおかしいよ」この瓶ビール事件が、今にして思えば、義理の両親の介護生活の前兆だったような気がしている。
村井理子
翻訳家/エッセイスト