瓶ビール事件

今から思い返すと、すべての始まりは子どもが小学校四年生になった頃ではなかったか。二〇一六年のあたりだ。当時七十六歳だった義母がいつものように、上機嫌で瓶ビールを数本持ってわが家に遊びにやってきた(夫の実家は車で約三十分のところにある)。

「はい、あなたにお土産!」と言いつつ義母がダイニングテーブルにドーンと置いた瓶ビールには、「不良」と書かれた紙が貼られていた(全ての瓶に)。えっ? ビールが不良品なの? それともワシ? しばらく考えたが、にこにこと笑う義母からはなんの悪意も感じられなかった。

その晩帰宅した夫に、「不良」と書いた紙が貼り付けられたビール瓶を見せて、「これ、なんかおかしくない?」と聞いた。「何か事件が起きるかもしれない」というワクワク感で多少にやついていた私に夫はむっとしていた。そして、「べつにおかしくないんじゃない?」と答えた。

「おかしくないわけないじゃん!どう考えても、これはおかしい。何かがおかしいよ」この瓶ビール事件が、今にして思えば、義理の両親の介護生活の前兆だったような気がしている。

村井理子

翻訳家/エッセイスト