善良そうな人の邪悪な計画

注意しなければならないのは、悪徳業者だけではない。一見普通の、善良に見える人のなかにも、邪悪な計画を抱きながら高齢者に近づく人はいる。

義父が倒れて入院してしばらくしたある日、私は実家の微妙な異変に気づいた。テーブルの上に急須と茶碗が二つ置いてあった。義母に会いに、誰かが来たらしい。でも、誰? なにげなく、「今日、お客さんが来られたんですか?」と義母に聞くと、「ええ、パンフレットを届けてくださった方がいて」と彼女は答えた。パンフレットと聞いて、私の「妖怪アンテナ」が鋭く反応した。義母には念のため、「何か買うときは言って下さいね」と伝えておいた。この頃、義母はすでにお金の管理はできなくなっていたからだ。

後日わかったことだが、義母は高価な美顔器を誰かから購入していた。いらないでしょ、美顔器は! 一体誰から買ったのかは、今もわからずじまいだ。

次に異変に気づいたのは、テーブルの上に新聞がいくつか重ねられていたときのことだ。合計三紙。義父が元気だったころは一紙のみ購読しており、それも数十年にわたり同じ新聞を購読していたはずだ。それが、いきなり三紙に増えているのである。義母に尋ねても記憶はなし。義父が入院先から戻ったときに、必要のない新聞は購読停止にしたが、義母に訪問者の応対をさせてはならないと強く思った事件だった。

認知症の義母に近づく不審人物

こんなこともあった。

食料を持って義母に会いに行き、冷蔵庫を開けたときに私が目撃したのは、ずらりと並ぶ手作りスイーツだった。手作りスイーツに罪はない。ただ、誰かが実家に来ていたことは間違いない。その誰かを、義母以外誰も知らないことが問題なのだ。義母が認知症でなければ、まったく問題のない話だ。むしろ義母のプライバシーは守られるべきで、私が彼女の交友関係まで詮索すべきではないことは理解している。

しかし、義母は認知症で、時折、私のことすら忘れる状態だ。私や夫が訪ねる時間、デイに行く時間、ヘルパーさんが来る時間、訪問看護師さんが来る時間を縫うようにして、一体誰がやってきているというのか。

あとになってわかったのは、近所のとある奥様の存在だった。もちろん、義母の様子を心配して顔を出してくれたのだろう。しかし、私が実家に行くたびに増えるスイーツを見て、不安になったのは事実だ。義父が退院して以降、スイーツ奥様が実家に来ることはなくなったが、義母がぽつりと「お菓子を持ってきてくれた人、家のなかから出て行かないから困ったわ」と言ったときは、背筋がゾッとした。

実はこんな大事件もあった。

義母を訪ねた私が風呂場横の勝手口から出た際に、とある男性と鉢合わせしたのだ。年齢はたぶん八十代だろう。ニット帽をかぶっていた。手には小さな花束を持っていた。私は大声で「うわあ!」と叫んだ。なぜ叫んだかというと、風呂場横の勝手口までアクセスしようと思ったら、玄関の門を開けて、庭を横切り、駐車場を抜けて、そこから少し歩かないと到着しないからだ。つまり、知らない人がいるはずのない場所なのだ。私の声を聞いた当人は一目散に逃げて行った。

その男性には、とある大きな特徴があった。そのうえ、私はその人物をデイサービスで見かけたことがあった。ケアマネからデイサービスに連絡を入れてもらい、私が勝手口で鉢合わせした男性が、義母の通うデイサービスの利用者であり、そのような行為の常習者であることを確認した。デイサービスで知り合った認知症の女性宅に、入り浸るらしい。

目的はわからないが、そんな人物を放置しているデイサービスにも問題があると考えたし、私が鉢合わせして撃退しなかったら、一体なにが義母に起きていたのだろう(ちなみにこの男性は認知症ではなかった)。この先は詳しくは書けないが、そのデイサービスの利用はやめた。

怖いのは悪徳業者だけではない。人を疑ってはキリがないが、認知症になったとわかった途端に急激に距離を縮めて来る人には、用心するに越したことはないと私は考えている。

村井理子

翻訳家/エッセイスト