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経営者のなかには、M&A仲介会社から「会社を売りませんか?」「買いませんか?」という誘いを受けた経験がある人もいるはずだ。少子高齢化が進み後継者不足が深刻化するなか、M&A市場は拡大の一途をたどる。ただし、仲介会社の情報だけを鵜呑みにして売買すると「こんなはずじゃなかった」と後悔しかねないため注意が必要だ。そこで、企業の“目に見えない情報”を可視化する「側面調査」の重要性について、株式会社企業サービスの吉本哲雄代表取締役に話を聞いた。

市場拡大の一方…“玉石混淆”の度合いを増すM&A案件

いまや年間4,000件前後に上るといわれる国内M&A。ここ数年、成約件数は右肩上がりで伸びており、日本経済の低迷が続くなか、数少ない活気にあふれた市場となっている。

 

市場を盛り上げているのは、会社を売る側(売り手)と買う側(買い手)をマッチングするM&A仲介会社だ。活況の波に乗って事業規模を拡大する仲介会社が次々と現れ、現在、9社が株式上場。そのうち4社は東証プライム上場である。

 

これほどM&A仲介業界に勢いがあるのは、事業承継などの問題を抱え、「会社を売りたい」と思っている経営者や、事業のスケールや領域を拡大するため「買いたい」と思っている経営者が、引きも切らない状況になっているからだろう。

 

だが、「売るつもりはなかったけれど、仲介業者に背中を押されたから」「廃業するよりも、少しでもお金が入ったほうがいい」といった受け身の理由で会社を売却する経営者も少なくないようだ。

 

「M&A仲介の営業担当者は“会社員”です。1件でも多くの成約を勝ち取ってノルマを達成したいと考えています。もちろん、ほとんどの営業は担当企業にとって最善の方法・条件を模索しますが、なかには、会社の売却にあまり積極的ではない経営者を『その気』にさせて、無理やり案件をこしらえようとする担当者もいるようです」

 

そう語るのは、バックグラウンドチェック、信用調査、反社チェックなど企業専門の調査機関、株式会社企業サービスの吉本哲雄代表取締役社長である。

 

株式会社企業サービス吉本哲雄代表取締役
株式会社企業サービス 代表取締役 吉本哲雄氏

 

M&A仲介業者の功績もあり、結果としてM&Aの成約件数は伸びているものの、案件の中身は「年を追うごとに玉石混淆の度合いを増しています」と吉本氏は指摘する。

 

「M&Aの増加にともない、通常のデューデリジェンスでは判断できない定性的な面で問題のある会社と契約してしまうというトラブルも増えています」

※対象となる企業の価値やリスクなどを調査すること

M&A仲介会社が提供する情報の“裏”を取る

では、M&A市場では実際にどのようなトラブルが発生しているのかだろうか。吉本氏が典型例として挙げるのは、買収した会社の幹部や社員が「不正行為を働いていた」「反社会的勢力とかかわりを持っていた」といった、問題のあるバックグラウンドが、M&Aの成約後に発覚することだ。

 

「『そんなことは買う前に判るじゃないか』と思う人もいるかもしれません。

 

しかし、M&A仲介会社が行う人事デューデリジェンスは、幹部や社員たち本人への面談をベースとしています。『実は仲介会社に伝えてなかったことがあります』と自ら暴露する人はいませんし、仲介会社も面談で語られた内容が真実かどうか裏を取ることは手間も費用もかかるので積極的にやることはないでしょうね。

 

よって、成約したあとで不都合な新事実が判明し、トラブルに発展することは少なくないと思います」吉本氏は言う。

 

では、どうすれば、買収する会社の幹部や社員たちの“真の姿”をあぶり出せるのか? 吉本氏は「デューデリジェンスの結果が事実かどうか、また前述した帳面に出てこない“定性的な部分”などについて、第三者の機関を利用して確かめるのです。これを『側面調査』といい、当社のような企業専門の調査機関が提供しています」とアドバイスする。

 

情報の“裏”を取る「側面調査」「信用調査」とは

たとえば、企業サービスが提供する側面調査、信用調査では、M&A仲介会社が提出した人事デューデリジェンスの内容をもとに、買収(売却)を予定している企業の元役員や社員、取引先などに真実かどうかを確かめる。

 

「調査への協力者を探し出すところから始まり、可能な限り多くの協力者から情報を収集します。インタビューしてM&A仲介会社の提供する情報の“裏”を取っていきます。

 

当社は、反社会的勢力(暴力団員、同準構成員、同関係企業、総会屋等)や反市場勢力(インサイダー取引、株価操縦、総会屋、仕手筋、不公正ファイナンス)に関する情報のほか、刑事事件で起訴された人物の情報などを網羅する独自のデータベースを持っており、反社や犯罪者との関わりの有無まで洗い出すことができます」

 

さらに財務関連では、取引先等へのインタビューを通じて、財務デューデリジェンスの報告や、帝国データバンクに登録されている数字に水増しなどがないかどうかを確かめる調査サービスも提供している。

 

側面調査は交渉を有利に進める“材料探し”でもある

このほか、「インターネットでみつけたM&A対象企業に関するうわさが真実かどうかを調べてほしいという依頼を受けることもあります」と吉本氏は語る。

 

「M&Aは売り手・買い手とも今後を左右する非常に重要な取り組みです。また動くお金の額も大きく、万が一のため、あらゆるリスクを確実に潰しておきたいという経営者は少なくありません。こうした慎重なスタンスが、M&Aの失敗を防ぐためには必要不可欠なのです」

 

さらに、M&Aがらみの人事調査や信用調査は、何の問題も確認されない場合、買収の意思決定を後押しする「安心材料」となり、側面調査はむしろこの点で非常に有効だと、吉本氏は強調する。

 

側面調査は、意思決定を後押しする「安心材料」の収集に大きく役立つ。
側面調査は、意思決定を左右する判断材料の収集に大きく役立つ。

 

「たとえば、以前勤めていた役員や社員が好ましい評価を下すのであれば、社員を大切にしてきた会社であろうと推定されます。おそらく、労務問題はほとんどないはずなので、安心して話を進めていけるのではないでしょうか。といったように、側面調査は買収する企業(自社を売却する相手企業)に対する判断材料を獲得できるのです」

 

また、仮に側面調査で問題が明らかになった場合、その材料をもとに、自らにとって有利な条件を交渉することも可能だ。「M&Aのリスクを抑えるだけでなく、より有利に交渉を進めるためにも、買収する企業の側面調査は有効だといえます」と吉本氏は語る。

 

なお企業サービスでは、売り手側から「買い手の信用を調査してほしい」という依頼を受けることもあるそうだ。

 

吉本氏は「長年勤めてくれた役員や社員を一緒に譲り渡すのですから、『ちゃんとした会社であってほしい』と調査依頼を受けるケースも多いですね」と説明する。

 

M&Aを成功させるためには、契約締結前に相手の会社の実情をよく知り、ポジティブ、ネガティブの両面で、可能な限りの判断材料を手に入れておくことが重要だ。

 

M&A仲介会社が提供する情報だけを鵜呑みにするのではなく、必要に応じて調査機関の活用を検討してみてもいいかもしれない。

 

 

 

GGO編集部