大谷翔平が積極的に受け入れらた土壌


こうしたリベラル至上主義に支配された現代のアメリカには、人種的マイノリティである大谷が積極的に受け入れられる土壌があった。大谷は「人種的マイノリティであるにもかかわらず」ではなく、「人種的マイノリティであるがゆえ」積極的に受け入れられた可能性がある。大谷の存在は、MLBが「白人による白人のための時代遅れなスポーツ」ではなく「多様性に満ちたリベラルなスポーツ」であるというイメージを流布することに貢献した。メジャーリーガーの大多数を占めるアメリカ人やヒスパニックではない、アジア人のスーパースターが誕生したことはMLBプロモーションにとっても好都合だったはずだ。

企業が自社のマーケティングに「ポリティカル・コレクトネス」を取り入れ、政治的なメッセージとともに自社の商品やサービスを売り出すことも今や珍しくない。その手のマーケティングで商業的な成功を収めた最たる例が、元NFL選手のコリン・キャパニックを起用したNIKEのキャンペーンだ。

NFLサンフランシスコ・フォーティナイナーズのクォーターバックだったコリン・キャパニックは2016年8月、プレシーズンマッチで試合前に行われる国歌斉唱の際、ベンチに座ったまま起立を拒否した。その理由についてキャパニックは「黒人や有色人種への差別がまかり通る国に敬意は払えない」と説明し、人種差別への抗議であると訴えた。その結果、フォーティーナイナーズはキャパニックとの契約を破棄した。フリーエージェントとなったキャパニックに手を差し伸べるチームはなく、キャパニックは事実上NFLから追放されたかたちだ。

そんなキャパニックに手を差し伸べたのが、NIKEだった。

アメリカ西海岸のオレゴン州に本社を構えるNIKEは、キャパニックが「リベラルな価値観を体現するアイコン」となったことに目をつけ、同社の有名なタグラインである“Just Do It”30周年記念キャンペーンのメインビジュアルに起用した。キャパニックの顔写真に“Believe in something, Even if it means sacrificing everything”(何かを信じろ。たとえそれで全てが犠牲になるとしても)とメッセージを載せたキャンペーンは若者を中心に好感を得て、NIKEは売り上げの大幅アップに加え、株価は最高値を更新した。

この広告は、アメリカで最も権威ある広告・マーケティング誌として知られる『アドバタイジング・エイジ』の最優秀マーケティング賞に選ばれた。NIKEの成功を見たほかの企業も相次いで、リベラルな価値観を持つ人々をターゲットに「第二のキャパニック」を探し始めた。もっとも多くの場合、こうしたキャンペーンで掲げられる社会的正義は極めて表層的で、中身を伴わないものが多かった。

たとえば、リオネル・メッシやネイマールといった南米出身の世界的サッカー選手とスポンサー契約を結んでいる大手クレジットカード会社のマスターカード。「お金で買えない価値がある。買えるものはマスターカードで」のタグラインで有名な同社は、2018年にロシアで行われたサッカーワールドカップで「ネイマールとメッシが得点を決めるたび、食糧難にあえぐ貧困層の子どもたちに1万食の食事を無料で提供する」というキャンペーンを打ち出した。

マスターカードとしては同社が「社会貢献」に積極的であることをアピールしたかったのだろうが、このキャンペーンに対して「資金があるならゴールに関係なく寄付すべき」「選手にプレッシャーをかけすぎ」などと批判が殺到した。これを受けてマスターカードは、慌てて「両選手のゴール数に関わらず2018年中に1万食を配布する」とキャンペーン内容を修正し、さらに「飢餓という深刻な問題に取り組む同社の活動から目をそらさないでほしい」と苦し紛れに訴えた。マスターカードが心配しているのは貧困層の子どもたちではなく、自社のブランドイメージと株主への利益還元であることは誰の目にも明らかだった。

すでに政治的メッセージを帯びている大谷

さて、日本で数々の企業広告に出演している大谷は、キャパニックやマスターカードのように明確で具体的な政治的メッセージを発しているわけではないが、その存在自体がすでに政治的メッセージとなっている。

アメリカでは人種的マイノリティである大谷が「投打二刀流」という新しい挑戦で成功を収めたという事実は、MLBというスポーツ機構の「懐の深さ」を示唆している。大谷本人にそんな意識がなくても、今日のアメリカにおいて大谷の存在は「人種的マイノリティのサクセスストーリー」のひとつと見なされる。それはMLBに限らずアメリカのスポーツ界では人種差別が当たり前に存在していたこと、場合によっては今もあることの裏返しでもある。

内野 宗治

ライター