飲み水、食べ物、ヘルメット…災害への備えは万全にしておくべきですが、「トイレ」もまた然り。災害時、「多くの地域が断水・停電している中で、飲み水よりもトイレが困った、という声が多く、問題の深刻さがうかがえる」と、防災トイレ専門家の加藤篤氏は警告します。加藤氏による著書『トイレからはじめる防災ハンドブック』(学芸出版社)より、災害時におけるトイレの問題を詳しく見ていきましょう。
東日本大震災で、仮設トイレが「3日以内」に避難所に行き渡った自治体は〈わずか34%〉…災害時、被災者を待ち受ける「深刻なトイレ事情」
災害時には大小便で満杯に…深刻な「トイレ」問題
阪神・淡路大震災のとき、使えない水洗トイレが大小便や汚れた下着、ごみなどであふれました。当時の状況から「トイレパニック」という言葉が生まれたといわれています。どうしてこんなことが起きたのでしょうか。
私たちは平常時、排泄後に洗浄レバーをひねったり、洗浄ボタンを押したりして水を流します。つまり、断水していても、それに気づくのは排泄した後ですので、手遅れになることが多いのです。
地震による被災後、水や食料よりも先にトイレが必要になることは、すでに述べたとおりです。発災直後、多くの人が混乱状態の中でトイレを使用します。極度のストレス状態に陥って、下痢や嘔吐することも考えられます。
駆け込んだトイレの便器に、前の人の排泄物が残っていたとしても、お構いなしに次から次へと使用するしかなく、あっという間に大小便で満杯になります。メディア等ではほとんど取り上げられませんが、被災地のトイレ問題は深刻です。水が使えない以上、大小便を取り除くこともトイレを掃除することも容易ではありません。
トイレの我慢は「死」につながる…
「エコノミークラス症候群」という言葉を耳にしたことはないでしょうか。狭くて窮屈な場所で、長時間同じ姿勢のまま座っていることの多い被災時に、発症のリスクが高まる病気のひとつです。血行不良でふくらはぎあたりの血管に血のかたまりができ、急に足を動かした際にそれが血管を流れて肺に詰まる(肺塞栓)など、命にかかわります。この予防には、適切に水分を補給し、体を動かすことが重要だとされています。
新潟県中越地震の発生後、県内にある100床以上の病院を対象に実施された調査では、発災から14日目までの間に、車中泊者11人が、エコノミークラス症候群によるものと思われる肺塞栓症を患って入院し、うち6人は亡くなったことが分かっています。
そして、この結果を踏まえて策定された「災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン(2014年版)」では、震災後の肺塞栓症の危険因子のひとつとして「夜間排尿を避けること」が挙げられているのです。また、「循環器内科医のための災害時医療ハンドブック」も、東日本大震災における宮城県内の避難所で発症が確認された深部静脈血栓症の危険因子として、「トイレを我慢」を挙げています。