本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。我々の生活に比較的身近なテクノロジーについての紹介・説明記事や、よりよい体験をもたらすためにテクノロジーを用いているモノやサービスについての情報を発信しています。第6回目は、米国と中国が推進する「デジタルマネー」導入の背景について解説します。
加速する「デジタルドル」と「デジタル人民元」の開発、その狙いとは (※写真はイメージです/PIXTA)

CDBCは金融包摂を実現するか?

(※写真はイメージです/PIXTA)
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第三の一般利用、すなわちお店での買い物やネットショッピングでの利用など一般市民の利用こそが、現在、デジタル人民元の活用がもっとも模索されている分野である。

 

あるいは中国社会についてよくご存知の方はこんな疑問をもたれるかもしれない。「中国はすでにスマホ決済が普及し、キャッシュレス化が進展しているのに、デジタル人民元は必要なのか」と。

 

日本も近年はPayPayや楽天ペイなどスマートフォン決済が普及しつつある。その元祖とも言うべき存在が中国だ。2013年からリアル店舗での利用が始まったという歴史の長さもあり、今や都市部では現金をまったく使わない、持ち歩かないという人も珍しくない。中国で暮らす日本人駐在員や留学生も、現金にほとんど触ってないという方が多いのではないか。

 

ただ、すべての中国人がキャッシュレスを受け入れているわけではない。スマホの使い方がわからない高齢者、インターネット環境や金融機関・ATMが近場にない辺境の農村などのデジタルデバイドの問題は大きい。こうした人々にもキャッシュレスの手段を与えることが、デジタル人民元導入における最大の目的となるだろう。

 

実はこの課題は中国だけのものではない。日本でも銀行が支店網を縮小しATMの数を減らしているなか、現金の使い勝手が悪化する地域が増えている。金融機関や事業者にしても紙幣や硬貨というモノを管理するコストはバカにならない。誰もが使えて、かつ信頼できる支払い手段が新たにできるのであれば、現金から脱却したいというニーズは高い。

 

米国でも民主党バイデン政権がCDBCに積極姿勢を示しているのは「すべての人々が金融サービスを受けられるようになる」金融包摂(ファイナンシャル・インクリュージョン)の可能性を評価したためとされる。

 

現在でも、貧困層など銀行の金融サービスを享受できない人は一定数存在する。クレジットカードやスマホ決済は銀行口座との紐付けが前提とされている。口座を持ってない人はそもそも使えないわけだ。一方、CDBCは現金の代替物という立て付けのため、銀行口座を持っていない人でも利用できるようになっている。日本の交通機関系ICカードのような形で、デジタルドルやデジタル人民元を保有することができるからだ。

 

また、金融包摂が実現されることでたんにキャッシュレスで買い物ができるようになるだけではなく、融資や保険などのサービスをより多くの人々に広げていく道になる可能性がある。

 

ただし、CDBCをどのように構築すれば金融包摂が実現できるのかについては、まだはっきりとした路程表が示されたわけではない。デジタルドルもまだ検討が始まったばかり、そして中国のデジタル人民元も試行地域を拡大しているものの、正式導入のスケジュールは決まっていない。この新たな技術をいかに着地させるのか、慎重な検討が続けられている。

 

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高口康太

ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。

2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。