今回は、香港ドルの為替相場制度の改正議論が、人民元の台頭で白熱した経緯をお伝えします。※本連載では、中国経済の専門家である金森俊樹氏が、香港ドルの為替相場制度の現状と今後の方向性について解説していきます。

香港・本土の注目を集めた元金融当局トップの発言

3.金融当局元トップも見直しに言及
カレンシーボードに基づく米ドルペッグは、これまで幾度も見直し議論に晒されてきた。まず、人民元が2005年に米ドルペッグから通貨バスケット制へ移行してから約9年余、その対米ドル相場が大幅に上昇、他方で、米ドルは米連邦準備制度理事会(FRB)の量的緩和政策を受け下落、米ドルにリンクしている香港も通貨膨張、資産バブルに見舞われた。この結果、以前は1香港ドルの価値が1人民元よりやや高かったものが逆転し、「棄弱(米ドル)取強(人民元)」、弱い米ドルへのペッグから、強い人民元ペッグに移行すべき、あるいは平穏に移行できるタイミングだとの議論が高まった。

 

最も注目されたのは、一貫してカレンシーボード維持を主張する香港金融管理局(HKMA、香港の金融当局)で長年トップを務めた任志剛(Joseph Yam)元長官が、退任して間もない2012年6月、その論文の中でカレンシーボードの見直しに言及したことである。公職を離れた者が在任中に言い難かった主張(特に政治的インプリケーションのあるもの)を離任後に展開することは一般的によく見られるが、それはそうした考えが在任中から強かったことの反映とも解釈できることから、論文は香港を含む中国メディアが一斉に注目するところとなった。主張の要点は、以下の通りである。

 

①カレンシーボードは香港の金融環境の安定に寄与してきたが、同時に、輸入インフレを制御できない、また、米国を始めとする諸外国の金融緩和政策の影響を大きく受けるなどの対価を伴ってきた。

 

②法律的にも、香港基本法では、その他の為替相場制の採用が許されている。

 

③人民元改革が進み、その価値の貯蔵手段としての機能が大きくなっており、また人民元相場の上昇がなお予想される中、人民元が香港の発展に果たす役割を当局者は無視すべきでない。

 

④具体的には、香港ドルを一定の通貨バスケット、あるいは人民元にペッグし、さらには完全な変動相場まで考えていくべき。

 

⑤政治的には現状維持が最も容易だが、何事にも現状を改変していくことには勇気が必要。

 

 

HKMAや香港行政府はこの主張を直ちに否定、香港行政府財政司長はこうした論文が突然発表されたことに「驚愕した」と述べ、また行政府長官は「これまで既に検討されてきたことで、新しい論点は何もなく、国際社会は影響を受けることがないように」と発言した。ただ一部からは、こうした反応も、当局が何らかの政治的配慮から、制度の現状維持をぎりぎりまで主張し続けることはまま見られる現象と受け止められた。

 

同時期、中国の有力な金融学者である人民大学国際貨幣研究所副所長も「人民元化が香港ドルの前途を開く」と題する論評を中国のサイトに発表し、カレンシーボードは既に、実体経済面から見て、メリットより弊害が大きくなってきており(弊大与利)、さらに香港が国際金融センターとして発展していくためには香港ドルを完全に人民元化する、言い換えれば、香港ドルを実質的に廃止することが適切であるとの主張を展開した。

外国為替取引のシェアで人民元が香港ドルを上回る

その後1年半の小康期間を経て、2014年末、香港ドルの発券銀行のひとつである香港上海銀行幹部が、香港ドルの立ち位置とその将来について考える時期に来ていると発言するなど、見直し議論が再び高まったが、その背景には次のような要因があった。

 

①カレンシーボードが採用された1983年から、2013年時点で30周年を迎えたこと、また1997年香港が中国に返還され、香港基本法によって50年間(すなわち2047年まで)、現在の制度の維持が保証されている(したがって、香港ドルもこれによって保証されている)が、13年がその期間の3分の1を経過した節目にあたる時期であったこと。

 

②国際決済銀行(BIS)の2014年9月レポートで、通貨別外国為替取引シェア(交換の相手通貨があるため、総計は200%になる)で、人民元は2010年(4月の1日平均)340億ドル、シェア0.9%から2013年(同)には1200億ドル、シェア2.2%へ上昇し、初めてトップテン入り、世界で9番目に取引の活発な通貨になる一方、香港ドルのシェアは同期間、2.4%から1.4%へ低下、通貨ペア別(総計100%)では、米ドル/人民元が0.8%から2.1%へと上昇する一方、米ドル/香港ドルは2.1%から1.3%へ低下していることが明らかになったこと。

 

③上海自由貿易試験区が立ち上がり、そこで金融面の規制緩和も進み、人民元改革、国際化にはずみがつくという期待が市場で高まり、それが国際金融センターである香港、および香港ドルにとっては脅威になるとの見方が台頭したこと。

人民元ペッグは「時期尚早」 現金融当局トップが談話

カレンシーボード30周年にあわせ、陳徳霖(Norman Chan)HKMA長官は、HKMAウェブサイトで、主に以下のような点を挙げて、人民元ペッグは時期尚早で現制度がなお最適であるというHKMAの立場を再確認する談話を発表した(2013年10月14日、9月13日付汇思欄)。こうした論点はHKMAが一貫して主張していることで、現在も変わりないと思われる。

 

①ペッグ制を維持する場合、アンカーとなる通貨は完全交換性があって、厚みのある成熟した市場を有することが必要。人民元はなお完全交換性を有しておらず、人民元にペッグする条件は整っていない。

 

②為替相場を自由に変動させることは、平時ではおそらく大きな問題はないが、経済危機などの状況下では、急激な相場変動は香港のような小規模経済には大きな影響を及ぼす。


③香港の労働生産性伸び率は、本土に比べ低い(2003-13年平均、香港3〜4%、本土は10%近い)。人民元ペッグにすると、賃金、資産価格に下方調整圧力がかかり、実体経済に大きな影響が出るおそれがある。

 

 

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