「地域の実情」に応じた医療・介護体制はどこまで可能か…審議会報告の文言から見える政府の意図と自治体の現実

「地域の実情」に応じた医療・介護体制はどこまで可能か…審議会報告の文言から見える政府の意図と自治体の現実
(写真はイメージです/PIXTA)

2024年度は医療・介護分野で多くの制度改正が予定されていますが、その文脈で多く語られているのが、「地域の実情」という言葉。ニッセイ基礎研究所の三原岳氏が「地域の実情」という言葉を使っている近年の政府文書などを取り上げるとともに、その意味を再考していきます。

2|2022年12月の医療計画見直しに関する検討会意見書

6年サイクルで見直される都道府県の医療計画の改定に向けて、厚生労働省の「第8次医療計画等に関する検討会」(以下、検討会)が2022年12月に公表した意見書でも、同じ傾向を見て取れます。

 

意見書での登場回数は何と23回。既述した地域医療構想に加えて、医師の確保や偏在是正、外来機能分化*3、在宅医療の充実、救急医療や精神疾患、災害医療、僻地医療、がん対策など、医療計画に盛り込まれている内容を網羅する形で、医療計画の策定主体である都道府県が「地域の実情」に沿った対応を取るように促している形です。

 

これに関連し、検討会座長の遠藤久夫氏(学習院大学教授)は専門誌のインタビューで、「医療提供の基本的な部分は診療報酬でコントロールできるにしても、地域ごとの細かなニーズへの対応は(筆者注・全国一律の)診療報酬では難しい」「都道府県が主体になり、地域の医療者や住民と一緒になって、その地域に適した医療の提供体制をつくっていくことが必要」と述べています*4

 

*3:詳細は省くが、医師偏在の是正では「医師確保計画」「外来医療計画」という仕組みが2020年度から始動している。2020年2月17日拙稿「医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か」(全2回、リンク先は上)を参照。外来機能分化では、医療機関の報告を基に、紹介患者の受け入れを重点的に担う「紹介受診重点医療機関」を各地域で選定する流れが想定されている。2022年10月25日拙稿「紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと今後の論点を考える」、2021年7月6日拙稿「コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか」をそれぞれ参照。

*4:2023年2月1日『社会保険旬報』No.2881を参照。

3|2022年12月の介護保険部会意見書

3年に一度の介護保険改正に向けて、社会保障審議会の介護保険部会が2022年12月に公表した意見書では、「地域の実情」という単語が13回登場します(中見出しも含む)。今回の意見書では、負担と給付の見直しなど多くのテーマについて結論を先送りした*5ので、「地域の実情」という言葉は新規施策だけでなく、既存制度の説明でも用いられているのですが、少し事例を挙げると、こういった表現が使われています(下線は筆者)。

 

• 柔軟なサービス提供によるケアの質の向上や、家族負担の軽減に資するよう、地域の実情に合わせて、既存資源等を活用した複合的な在宅サービスの整備を進めていくことが重要。

• 地域の実情に応じた介護人材確保対策が実施できるよう地域医療介護総合確保基金の中で様々なメニューを用意し、自治体を支援していく必要がある。

 

前者は在宅サービスの基盤整備を指しています。後者では、地域医療介護総合確保基金*6という補助金を使いつつ、深刻化する人材不足に対応する必要性に言及しており、いずれも「地域の実情」に沿った対応が期待されています。

 

*5:次期介護保険制度改正の動向については、2023年1月12日拙稿「次期介護保険制度改正に向けた審議会意見を読み解く」を参照。

*6:引き上げられた消費税収を活用した基金。都道府県単位に設置されており、病床再編や在宅ケアの基盤整備、人材確保などに充当できる。地方負担を加味した事業費ベースで医療分は1,029億円、介護分は734億円。

4|2022年12月の全世代型社会保障構築会議の報告書

省庁横断的に社会保障の将来像を議論するため、首相官邸に設置されている「全世代型社会保障構築会議」が2022年12月に示した報告書も同じ傾向を看取できます。

 

報告書を読むと、「地域の実情」の登場回数は4回(脚注を含む)。既述した資料に比べれば少ないですが、かかりつけ医機能の充実、介護保険の見直しに加えて、居住保障の文脈でも「地域の実情」に沿った対応策が求められると指摘されています。

5|コロナ対応、新興感染症対策でも「地域の実情」がキーワードに

以上のような形で、「地域の事情」に沿う必要性は新型コロナワクチンの接種でも論じられていました。当初は集団接種が想定されていましたが、「医師の確保などが都市部では困難」との声が出たことで、政府は「各市町村において地域の実情に応じて適切に体制を構築していただきたい」と言明するに至ったのです*7。本来の立て付けで言うと、ワクチンの予防接種は国の方針を基に、自治体が事務を執行する「法定受託事務」なのですが、迅速なワクチン接種を進める上では、市町村の判断に基づき、「地域の実情」に応じた接種が期待されたわけです。

 

新興感染症に対応するための体制整備に関しても、「地域の実情」が取り沙汰されています。こちらも制度設計の詳細は省略します*8が、都道府県を中心とした体制整備を盛り込んだ改正感染症法の審議に際して、厚生労働省幹部が「地域の実情に応じた運用というのはあり得る」と答弁しました*9

 

さらに、新興感染症対策を医療計画に組み込むため、検討会が2023年3月にまとめた意見でも、「地域の実情」という言葉は11回も登場します。このように見ると、「地域の実情」が医療・介護制度改革における流行語(?!)になっている様子を看取できます。

 

*7:2021年2月9日、加藤勝信官房長官(当時)の閣議後記者会見における発言、同日『NHK NEWS WEB』配信記事を参照。

*8:2021年通常国会で成立した改正医療法では、都道府県が6年周期で策定する医療計画に新興感染症への対応が義務付けられた。さらに、昨年の臨時国会で成立した改正感染症法では、都道府県が医療機関と事前に協定を締結し、新興感染症が発生した際の対応を義務付ける仕組みの導入などが決まった。前者の制度改正は2021年7月6日の拙稿「コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか」、後者の制度解説は2022年12月27日の拙稿「コロナ禍を受けた改正感染症法はどこまで機能するか」を参照。

*9:2022年11月15日、第210回国会参議院厚生労働委員会における厚生労働省の榎本健太郎医政局長による答弁。

 

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※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年3月31日に公開したレポートを転載したものです。

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