(画像はイメージです/PIXTA)

予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。書籍『もう会えないとわかっていたなら』(扶桑社)では、遺品整理会社、行政書士、相続診断士、税理士など、現場の第一線で活躍する専門家たちから、実際に大切な家族を失った人の印象深いエピソードを集め、「円満な相続」を迎えるために何ができるのかについて紹介されています。本連載では、その中から特に印象的な話を一部抜粋してご紹介します。

 

借金を重ねてまで買い物を繰り返した妻

あの頃の私は、本当にどうかしていました。

 

公務員の夫と結婚してすぐに子どもができたため、私は辞めたくなかった仕事を辞めました。子育てで忙しい日々が続き、それがようやく少し落ち着いたと思ったところで、二人目を授かったのです。

 

子どもたちはとても可愛かったのですが、二人が小学生になったころ、その生活がずっと続くことに疑問を感じました。一緒に仕事を始めた同期たちは、まだ独身で自分の思うように暮らしています。好きな所へ遊びに行って、好きなものを買って、好きなものを食べているのです。

 

そんな思いが、私を買い物に走らせました。私だって家事や育児という「仕事」をしている。同じように好きなものにお金を使ってもいいはずだ、と思ったのです。

 

欲しいものを買うという行為は、欲しいものをただ持つということ以上に、私の気持ちをすっきりさせました。買うことが目的ですから、家には使っていないブランド物のバッグや化粧品が溜まっていきます。カードも限度額を使い切り、借金を重ねました。家に届いた督促状の数だけ夫と喧嘩をしました。子どもたちのためにもこんなことは止めなければいけないと思いましたが、どうしても買い物の誘惑には勝てなかったのです。

 

夫の働く役所に借金取りが行ったとき、夫から離婚を切り出されました。

 

彼は「これから先の子どもたちのことが心配だ」と言いました。同じ思いだった私は、愛する子どもたちのために、子どもたちから離れることを決めたのです。

 

一人で生活するようになって、お金の大切さを身をもって知りました。借金はすべて元夫が清算してくれていたのですが、私自身には何の保証もないため、カードも作れなければ、お金を貸してくれる人もいません。ようやく見つけた仕事にしがみつき、日々の暮らしのためだけにお金を使いました。当然、前のような買い物はできませんでした。

 

ただ、買い物ができないことは思ったより辛くありませんでした。何よりも辛かったのは子どもたちに会えないことでした。誰もいない小さな部屋で、何度も何度も子どもたちの名前を呼びました。

 

そんな一人の暮らしに慣れないまま数ヵ月がたったとき、元夫が事故で死んだという報せが届きました。あまりにも突然のことで、頭と心の整理がまったくできませんでしたが、何をおいても子どもたちのもとに駆け付けなければならないと思いました。

 

親戚やご近所の人からは後ろ指をさされるかもしれません。それでも、そんなことは一切気になりませんでした。

 

次ページ亡き夫から与えられた最後のチャンス

本連載は、2022年8月10日発売の書籍『もう会えないとわかっていたなら』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございます。あらかじめご了承ください。

もう会えないとわかっていたなら

もう会えないとわかっていたなら

家族の笑顔を支える会

扶桑社

もしも明日、あなたの大切な人が死んでしまうとしたら──「父親が家族に秘密で残してくれた預金通帳」、「亡くなった義母と交流を図ろうとした全盲の未亡人」、「家族を失った花屋のご主人に寄り添う町の人々」等…感動したり…

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