(※画像はイメージです/PIXTA)

1匹の毛虫を殺せる殺虫剤を10倍にして、10匹寄り集まった毛虫にかけてもほとんど死なないといいます。群れを成す生き物には普通にみられる現象で人間も例外ではありません。集団は「見えざる免疫」を生むはずですが…。精神科医が著書『シン・サラリーマンの心療内科』で解説します。

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齢73歳「布製マスク作り」の教訓

コロナウイルスの恐ろしさは、感染しても発症させないことで別の個体と接触しやすくし、己を運ぶ個体を乗り換え増殖してゆく、いわゆる健康保菌者を作り出すところにある。発症すれば個体は隔離され、己が他に移れるチャンスは遠のくし、個体をすぐ殺してしまえば己も死ぬ。ウイルスが乗り移ったことを個体に気づかせず、動き回らせることで増殖してゆく。

 

ほかの数々のウイルスも取っている生存戦略だが、インターネットにもその特性を真似たかのようなウイルスが存在する。実際はウイルスなのだが、そうでないよう見せかけたコードを電子情報に忍び込ませ、ネットの中の壁を通り抜けてゆくタイプのものである。

 

こうしたウイルスからの防衛はネットにおいても困難を極め、それは同時に自然界におけるコロナウイルスの戦略の巧妙さを物語っている。家畜のインフルエンザのように誰もが保菌者とみなして隔離し、先手を打つわけにもいかない。人と人との交流を何とか保証し、しかも安価に、不完全ではあるが達成しうるツールは素朴なマスクである。

 

コロナの蔓延で困ったことの一つにマスクの不足がある。とりわけ病院にマスクが届かないのは深刻である。パニック障害で私の外来に通う中堅の総合病院のナースは、この3月末の受診日、よれよれの紙マスクを着けていた。勤務先の病院からは10日に1枚しかマスクが支給されず、毎晩洗って使っているのだという。

 

実際、私のクリニックにおいでも職員に配れるマスクの在庫はひと月と持たないくらいとなっていた。医療用品を扱うメーカーに問い合わせても、入荷していないという返事だった。10倍の値段で売り出されているのを通販サイトで見つけ出して注文したが、商品が送られてくることはなかった。

 

そこで、私は布マスクを自前で作ることを決め、ミシンとアイロンを購入することにした。しかし私を困惑させたのは、中堅より若い職員にミシンを使える者が一人もいなかったせいか、ミシンを買うという私の提案に賛同が少なかったことである。

 

それでもあえて買ってはみたものの、仕様書を読んでミシンを使えるようになるようにと、私から言おうものなら労働争議に発展しかねなかった。幸い一度退役して再就職してきた事務の女性が一日で20個のマスクを作って持ってきてくれたため一安心できたが、さらに妻の知人の高齢の女性も布製マスクを作って送ってくれた。統合失調症の子供と共に外来に通う60過ぎの女性も手作りのマスクを分けてくれた。

 

そんな中、私もマスク作りに挑戦して製作に成功し、私でもその気になれば作れることを証明できた。押し入れにしまってあったぼろの切れ端でも作れるし、さまざまなデザインも可能であり、その自由度の大きさは驚くべきである。コンピューター制御による複雑な模様ができるような高価なミシンは必要なく、むしろ単純で古典的なタイプのミシンのほうが使うに容易である。

 

手作りの布マスクの性能は、市販の紙マスクよりウイルスの浸透防御には劣るが、飛散防止は遜色ない。さらに、覆える面積が自在に広くとれ、何より洗えば何度でも使える。コロナはもっぱら老人にとっての脅威であるが、年寄りの考えや古いやり口を甘く見るなかれ。コロナとの「戦い」においては年寄りの作った小さな薄い布製のマスクが、科学の粋を集めて作ったミサイルより有効であるのは明白である。

 

次ページ集団は「見えざる免疫」を生む

※本連載は遠山高史氏の著書『シン・サラリーマンの心療内科』(プレジデント社、2020年9月刊)から一部を抜粋し、再編集したものです。

シン・サラリーマンの心療内科

シン・サラリーマンの心療内科

遠山 高史

プレジデント社

コロナは事実上、全世界の人々を人質にとった。人は逃げるに逃げられない。この不安な状況は、ある種の精神病に陥った人々が感じる不安と同質のものである――。 生命の危機、孤立と断絶、経済破綻、そして……。病院に列をな…

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