ビビる大木氏は印象批評だと前置きして、テレビを見て笑うところが「少し変わったな」と思っていると語ります。バラエティの仕事の仕方、番組づくりはなぜ変わったのでしょうか。ビビる大木氏が著書『ビビる大木、渋沢栄一を語る』(プレジデント社)で明かします。

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一瞬にして変わった「お笑い」の質

■渋沢さんの人生を貫く「人は平等だ!」

 

印象批評になります。今の視聴者の方たちは、お笑いに対しての求め方が以前に比べて変わって来ています。これは僕が何となく感じていることです。以前とは、2011(平成23)年3月11日の東日本大震災の以前と以後です。

 

テレビを見て笑うところが、「少し変わったな」と思っています。

 

3・11から数日後、福島第一原発で、建屋からの放射能汚染を抑えるために、自衛隊のヘリコプターからワーッと海水をぶっかけたりしていたテレビの中継映像を見たときに、僕たちは見てはいけない現実を見てしまったという強烈な思いを抱きました。

 

あの映像を見て、これまでの笑いが消えました。

 

しばらくすると、徐々にバラエティ番組が放送されるようになりました。僕はそれらのバラエティ番組を見たときに、笑いのツボが少し変わったなと感じました。しかし、その変化よりも、テレビ局には「東北があんなときにバラエティとは何事だ」という苦情が殺到したらしいです。

 

僕には、被災した知り合いが仙台、釜石にいます。その知人からのメールに、「僕たちは3・11以降、毎日、津波の映像を見るのがどれだけ辛いか。本当にバラエティ番組、早くやってほしかった」と書かれていたことが記憶に残っています。

 

このメールを読んだときに、「バラエティなんか放送している場合か!」と文句を言っていたのは、「誰なんだろう?」と思いました。意外と、東北以外のところからの苦情が多かったそうです。

 

辛いことがあったから、少しは楽しみたい、笑いたい、気分転換したいと思うのは当然なことです。それまでは仕方ないので、教育テレビを見て、報道番組をしぶしぶ見ていた感じでした。みんな、テレビチャンネルで道草をして、あえてニュースを見ないようにしていたようです。

 

ツッコミ一つにしても、やさしい笑いのほうが好きになる傾向が生まれたように思いました。その一方で、ちょっと非難めいた視線が多くなりました。

 

それぞれの方がそれぞれの少し異なる考え方を持って生きているわけですが、それを以前のようにオブラートに包むことをしなくなったような気がします。

 

少し話を変えますが、渋沢さんは社会のために、「適材適所」こそ、組織が発展するための根本思想だと言いました。そして、これまでの「適材適所」は自分の勢力を組織内に植え付けるための、私欲のための手段でした。しかし、「日本という公益の向上のための手段にすべきだ」と、渋沢さんは語りました。

 

その前提になるのは、渋沢さんは「人間は平等である」という姿勢だとしています。どちらが社会的に上で下で、だから威張る、威張らないということではなく、平等の思想をベースにしたものです。

 

しかし、そこにも、けじめ、礼儀、譲り合いの気持ちがないといけないと指摘しています。「私のことを徳のある人間と指摘する人が多いが、私は多くの人が徳があると思っています」というその発想もまた平等でした。

 

3・11以降、日本社会の中のさまざまなところで、小さな疎外感が生まれました。この疎外感を、それぞれの日本人が持ち出すと共通の笑えない状況が生まれます。日常生活がそうですから笑うポイント、感動するポイントが少し変わってきています。

 

ですから、笑いが少なくなって、感動したいという潜在意識が大きくなっている、それが現在の日本じゃないかと僕は思います。

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※本連載は、ビビる大木氏の著書『ビビる大木、渋沢栄一を語る』(プレジデント社)より一部を抜粋・再編集したものです。

ビビる大木、渋沢栄一を語る

ビビる大木、渋沢栄一を語る

ビビる 大木

プレジデント社

歴史好き芸人・ビビる大木が、 同郷の偉人・渋沢栄一の遺した言葉を紐解く! 「はじめまして、こんばんみ! 大物先輩芸人と大勢の後輩芸人の狭間で揺れる40代『お笑い中間管理職』の僕。芸人としてこれからどうやって生き…

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