年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、三人の姉妹の間で起きた相続トラブルを、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

何かと張り合う姉妹を心配し、父が相続対策を開始

有名企業に勤め、順調にキャリアアップを重ねていたAさん。プライベートでも三人の娘に恵まれ、幸せな毎日を送っていました。しかし子どもたちが独立し、それぞれが家庭をもつようになってからは、どこかギクシャクした雰囲気になっていきました。

 

「先日、長女の子どもがお受験をして、名門小学校に合格をしたんです。私たちの家系から、あんな名門小学校に通う子が出てくるなんてと、みんな集まってお祝いをしたんですけど、長女家族が帰ったあと、次女と三女は、長女家族の悪口で盛り上がって……」とAさん。

 

「その前に娘たちが集まったときは、三女の旦那さんが部長に昇進したことで盛り上がったんです。若いのに異例の抜擢だったらしく、みんなで『すごい! おめでとう!』と。しかしこのときも、三女が帰ったあとに、長女と次女は三女家族の悪口で盛り上がって」とAさん。

 

「さらに、こんなこともありました。次女が……」とAさんの話は止まりません。三人の娘たちは年が近かったこともあるのでしょう。結婚や子どもが生まれるタイミングも、それほど変わりませんでした。そのため、お互いを妬んだり、羨ましがったりして、いない誰かの悪口をいうことが増えていったそうです。

 

「それぞれ事情は違うし、一番大切なのは自分たちの家族になりますから、仕方のないことかもしれません。でも家族なのにね……正直、聞いているだけで疲れますよ」とAさん。

 

「いない誰かのことを悪く言うなと、きちんと叱れと⁉ 確かに、私がきちんと言えたらいいのでしょうが、娘たちに嫌われなくないと『優しい父親』を演じてきたこともあって、いまさら厳しくなんて言えなんですよ」と、半ば諦めていました。

 

娘たちがそのような関係だったので、気がかりだったのは相続のことでした。すでに妻は亡くなっていたので、自分に何かあったとき、娘たちが相続人になります。このままでは、三人の娘たちは泥沼の相続争いを繰り広げるに違いない――。そのように考えて、相続対策をスタートさせます。

 

まずAさんは、保有していたマンションを売却しました。若いころに、老後の生活資金のためにと購入したマンションでしたが、現金にしたほうが分割しやすいと考えたのでした。株や投資信託なども、すべて売却し現金にしました。「すべて現金だったら、あとは三分割するだけなので、揉めようがないですよね」という考えで、資産と呼べるあらゆるものを現金にしていきました。

 

そして残るは自宅のみ、という状況になったとき、不測の事態が起こりました。元々心臓に持病を抱えていたAさん。ある冬の日に自宅で倒れて、そのまま亡くなってしまったのです。相続のことを考えて対策を進めていましたが、自宅だけは遺ってしまいました。

「父と約束した」と三姉妹がそれぞれ主張

突然の父の死に、三人の娘たちは大きなショックを受けていました。優しかったお父さんはまだ60代でしたから、当然かもしれません。喪主は長女が務めましたが、ショックでほとんど記憶が残っていないといいます。しかし葬儀がひと通り終わったころ、Aさんが心配していたことが起こります。

 

それは遺産分割の話し合いの場。焦点になったのは、やはり自宅でした。口火を切ったのは、三女でした。

 

「わたし、自宅はお前に相続するとお父さんから言われていたの」

 

すると、その言葉に反論するように次女が言います。

 

「それはおかしいわ。お父さん、自宅は私にって言っていたもの。子どもが多いから、お金がかかるだろうから、って」

 

確かに、長女と三女には子どもが1人。それに対して、次女には子どもが3人いました。そんな次女をAさんは何かと気にかけていたのは事実でした。しかし次女と三女の言葉に、長女が反論します。

 

「ちょっと待ってふたりとも。お父さん、自宅は私たちにって言っていたのよ。うちの子の小学校に近いから、引っ越してこいって。そのほうが色々と楽だろうからって」

 

三人はそれぞれが「父は自分に自宅を相続すると言っていた」と主張し、話は平行線のまま。見かねたそれぞれの夫が「自宅は売却して三人で分ければいいのでは」とアドバイスしましたが、三人は「絶対にイヤ!」と聞き入れませんでした。

 

「だってお父さんは私のことを想って、自宅を相続するって言ってくれたのよ。その自宅を売るなんて、考えらえない!」と長女。次女も、三女も、口を揃えて同じようなことを言いました。娘たちは「父の言葉が自分への愛情」だと捉え、「自宅売却=父の愛情の否定」と考えていたのです。

 

娘たちは、誰一人と嘘は言っていませんでした。Aさんは生前、相続を見据えて資産を現金化していることを娘たちに言っていました。そして「残る自宅はどうするのか?」と、それぞれの娘から尋ねられていたのです。Aさんは長女には長女に、次女には次女に、三女には三女に、「自宅を相続する」と言ってしまっていたのです。

 

その場の雰囲気、そして娘たちに好かれたい、という思いがあったのでしょう。結局、Aさん自身が相続トラブルを引き起こす結果になってしまいました。いまも自宅をどうするか、決着はついていないとのことです。

 

ほかの姉妹には負けられない
ほかの姉妹には負けられない

口約束は相続争いの元凶…遺志は遺言書で

相続争いは、起きやすいパターンがあります。そのひとつが口約束です。

 

――もしわたしが死んだら、あの土地はあげる

――孫が生まれたら生前贈与をする

 

そんな約束をして、亡くなってしまうのです。遺言書がなければ、本当にそのような約束がされていたかどうか、誰にもわかりません。口約束だけでは法的な拘束力もありません。

 

口約束をするのであれば、まず、きちんと遺言書を残してもらうことが大切です。また生前贈与の約束をしたのであれば、約束だけでなく、実行してもらうようにしましょう。

 

遺言書には、大きく分けると法的な効力が強い公正証書遺言と、法的な効力が弱い、自筆証書遺言の2種類があります。

 

自筆証書遺言書には

 

・日付がないと無効
・夫婦共同の遺言は作れない
・訂正の際は二重線を引いて、訂正印を押すだけではなく訂正内容を書き加えないといけない
・署名押印は必ず必要。書き終わったら封筒に入れ、封印をしておくと偽造変造の疑いがなくなる

 

など細かい条件が盛りだくさん。また偽造や変造も簡単にでき、極論、自分に都合の悪い遺言書であれば、ほかの相続人に隠れて遺言書をシュレッダーしてしまうこともあり得ます。そういった事態にならないように、自筆証書遺言書は家庭裁判所に持っていき、相続人立会いのもと、せーので開封します(この手続きのことを検認といいます)。

 

一方で、公正証書遺言書は公証役場で公証人が作ってくれる遺言書です。公正証書遺言書は偽造変造のリスクが一切なく、公証役場で預かってもらえます。自筆証書遺言書の場合には、遺言書を紛失してしまうケースが非常によく起こりますが、公正証書遺言書であれば、そのようなリスクはありません。

 

ちなみに、今年の7月、法務局に遺言書を預けることのできるサービスがスタートする予定です。このサービスを利用すれば、遺言書の紛失リスクはなくなるでしょう。

 

【動画/筆者が「遺言書の保管サービス」について分かりやすく解説】

 

橘慶太
円満相続税理士法人

 

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