帳簿や記録など、これまで紙で保存しておいた情報をデータ化する「ペーパーレス化」。ペーパーレス化が進む海外諸国と比べ、日本は遅れを取ってしまっているといえます。対して、自社は先駆けてペーパーレス化に取り組めていると思っていたら、間違った方法を行ってしまっているケースも。本記事では、ペーパーレス化普及に取り組む横山公一氏が、日本におけるペーパーレス化の現状を解説します。

ICTが活用され、ペーパーレス化が進む諸外国

諸外国を訪れてみて感じるのは、多くの国々で日本以上にICT(Informationand Comunication Technology=情報通信技術)が活用されており、ペーパーレス化が進んでいるということです。それは人々の生活の中にもしっかり浸透しています。特に急速に進んでいるのが中国のキャッシュレス環境です。

 

中国は国土が広く、人口も多いため、不便のないようにATMを設置するには莫大なコストがかかります。またクレジットカードの普及率は低く、代わりにデビットカードが広く使われています。さらに近年ではスマートフォン決済が急速に進み、一般の商店はもちろん屋台のようなところでもスマートフォン決済が当たり前になっていて、現金を使う場面はほとんどない、という状況にまで達しています。

 

また欧米のビジネスシーンでは日常的な請求書や提案書のやりとりはペーパーレスが当たり前で、会社同士の契約書もデジタル化され、そこに電子署名とタイムスタンプを捺すことで、契約内容の真正性を保証する形がとられています。

 

さらに、国家ぐるみでペーパーレスを実現した国もあります。ヨーロッパのバルト三国の一角、エストニアです。

 

[図表1]エストニア
[図表1]エストニア

 

国土面積は九州と同程度、そこに約130万人の人々が暮らしています。古くから周囲の強国の支配を受け続け、1991年になってようやく旧ソ連からの独立を果たしました。こうした歴史的経緯から「いつまた周辺国の侵略を受けるか分からない」という意識が強く、また「少ない人口で国を発展させなくてはならない」という要求から、エストニアは「電子政府」を目指しました。たとえ周辺国に国土を占領されても、電子政府という体制が生き残れれば、国家として存続できる…というわけです。

 

そんな思想のもと、エストニアはまず基盤となるICTインフラを作り上げ、あらゆる行政サービスを電子化する方向に向かいました。そして2000年代に入ると、本格的な電子政府体制がスタートします。

 

エストニアでは国民全員がIDカードを持っています。「マイナンバーカードみたいなものか」と思われた方は半分正解で、日本のマイナンバー制度はエストニアをお手本として作られたものです。

 

このカードは身分証明証であり、免許証、健康保険証として使えます。つまり国民一人ひとりの個人情報をすべて記録しておいて、IDカードによって必要な情報だけを読み取って使う、という環境が実現しているのです。選挙の投票や引っ越しの手続き、会社の設立など、デジタル手続きが可能な行政サービスは500を超え、民間のサービスも含めると2500以上になるといいますから凄いものです。日々の買い物の支払いもすべてネットで決済、税の計算から申告、支払いまでもネット上で簡単に済んでしまいますから、エストニアでは私のような公認会計士・税理士という商売は成り立たないそうです。

 

デジタル移行を阻む、日本特有の「紙文化」と「情緒」

こうした諸外国と比べると、日本の現状はお粗末としかいいようがありません。政府が音頭をとってペーパーレス化を推し進め、各種の法整備、規制緩和にまで乗り出したというのに、現場がなかなか動きません。いったいなぜなのでしょう? 日本でペーパーレス化が進まない理由は、何なのでしょうか?

 

効率を考えれば明らかに有利なのに、ペーパーレス化が進んでいかない…。なんともじれったい思いでいっぱいですが、日本でペーパーレス化が進まないのは、技術面や運用面の問題というよりも、情緒的な問題が大きいように思います。

 

そもそも日本は紙が豊富で、多種多様な紙文化を形成してきました。そうした歴史的な背景のために、紙に対する信頼感や安心感が大きく、デジタルへの移行を阻んでいるのでしょう。

 

もう一つの要因として、日本人は突出することを嫌います。そのため何かにつけて、自分が「第一号」になることを嫌うのです。

 

今、ペーパーレス化が話題になっている。あれこれ調べてみるとメリットが多いし、導入効果も高そうだ。税法や会社法が要求している要件を満たす必要があるけれど、対応しているシステムを使えば問題はないようだ。業務の効率化が図れるし、コストの点でも有効だろう。でも…同業他社ではまだ実施していない。だったらもう少し、様子を見ようか…。

 

本来なら、同業他社が手を付けていない今こそペーパーレス化のシステム導入の絶好のタイミングで、他社に差をつけるチャンスなのです。なのに、真っ先切って走り出すということを、なぜか日本の企業は良しとしません。ペーパーレス化に限らず、新しいことに手を出そうとするときに、こうした傾向はよく見られます。

 

「○○社も××社もまだ動いていないし…ちょっと様子を見た方がいいんじゃないか?」

 

このような結論になりがちです。

 

この点、若い企業やベンチャーでは、ずいぶんとおもむきが違うようです。ですが日本の多くの企業は「変わる」ことに対して保守的で、不思議に思うほどの慎重さを見せることがあります。その理由は明確ではありませんが、「みんなと同じ」で「目立つことをしない」ことを良しとする、日本人の国民性ゆえなのかもしれません。それはまた「日本的情緒」といえるものなのでしょう。

 

しかし変わることを拒絶するばかりでは、時代の変化に対応し、刻々と移りゆく市場の要求に応えていくことはできません。日本企業がペーパーレス化を推進し、業務の効率化を図るためには、良くも悪くも日本的な情緒を、一度捨て去る必要があるのかもしれません。

欧米に比べ「ペーパーレス化の専門家」が決定的に不足

情緒的な問題に加え、「専門家の不足」という現実的な問題もあります。この点
は欧米と比較すると決定的でしょう。

 

前述した通り、ペーパーレス化への道のりにはいくつかの段階があり、レベルが上がっていくにつれて作業効率は高まり、より多くのメリットを享受することができます。ですがペーパーレス化をスムーズに進めるとなると、社内のスタッフだけではなかなか難しい、というのも事実です。

 

まず社内の業務フローを全体的に見渡し、どこから手を付け、どのように進めていくかのプランニングが重要ですし、問題が起こりそうなところは事前に対応策を用意しておく必要もあります。セキュリティレベルの設定や、場合によってはサーバーなどのハードウェアの選定も必要でしょう。同時に税務関連の法的知識、電子帳簿保存法による各種申請や届出の指導は必須です。

 

また、日本にはペーパーレス化、電子化にあたっての満たすべき法的要件が税法以外にもさまざまな法律から要求されています。これらを整理することも重要です。さらに日常的な業務をすべてペーパーレスで回していくための包括的なシステムを導入できれば、よりスムーズですが、そうしたソリューションはまだまだ一般的ではありませんし、使うにしてもやはり専門家のアドバイスが必要です。

 

これらすべてをカバーできる「ペーパーレス化の専門家」が、日本では決定的に不足しており、そのために企業のペーパーレス化が進まない、という現状があります。

 

ですがそのハードルを乗り越えてしまえば、ペーパーレス化がもたらす多くの恩恵を受けることができます。それによって組織の生産力をさらに高め、ビジネス効率をアップさせることができるのです。

 

公認会計士・税理士である私自身の立場からいえば、ペーパーレス化の行き着く先は、やはり前述のエストニアのような環境でしょう。もし日本がエストニア並みのデジタル社会を実現できたら、私は失業するしかありませんが、そこに至る道筋において、公認会計士・税理士は大いに活躍できるはずだと思っています。

ますます強まるデジタル化の波…全企業が舵を切るべき

IT…近年では情報と通信に関わる幅広い技術を指してICTと呼ばれることが多くなりました。その進化はとどまることなく、世界中で常に新たな技術が開発され、その技術を使ったサービスが生まれています。そして多くの企業や人々に活用され、仕事の効率を高め、日々の生活をより便利で、快適なものにしてくれています。

 

ですがこうしたデジタル化の波に、残念ながら日本は乗り遅れてしまいました。

 

世界と比較して労働生産性は低く、国際間での経済問題を協議するOECD(経済協力開発機構)の加盟国35ヶ国中で21位です。名目GDPは伸び悩み、1996年からの20年間で1.2%というありさまです。アメリカが192%、中国が1151%もの伸びを記録していることと比べると、まったく情けない限りです。

 

[図表2]OECD加盟諸国の労働生産性(2016年・就業者1人当たり/35カ国比較)  労働生産性ランキング(2016)(日本生産性本部「OECD 加盟諸国の労働生産性」より作成)
[図表2]OECD加盟諸国の労働生産性(2016年・就業者1人当たり/35カ国比較)
労働生産性ランキング(2016)(日本生産性本部「OECD 加盟諸国の労働生産性」より作成)

 

もちろん日本政府としても手をこまねいていたわけではありません。デジタル化を推進するべく、2000年頃からさまざまな手を打ってきました。たとえば1998年施行の電子帳簿保存法、2001年施行の電子署名法。2005年には「e-文書法」が施行され、これまで紙媒体での保存が義務付けられていた多くの書類について、スキャニング画像でのデータ保存を容認しています。

 

2014年にはJIPDEC(日本情報経済社会推進協会)が先頭に立ち、「電子契約元年」というスローガンを掲げて、電子契約の普及に取り組み、建設や金融、不動産をはじめとする大企業で、電子契約の運用が進められています。「電子契約では印紙税は不要」という行政側の見解が市場にも認知された結果でしょう。つまり会社間での契約書のやりとりをペーパーレスで行うと、従来のように印紙を貼る必要がない、というわけです。印紙が不要になればその分のコストがカットでき、企業にとってはメリットになります。

 

さらに2016年からは電子帳簿保存法・スキャナ保存制度と立て続けの規制緩和が行われました。領収書、請求書など紙で授受された帳票がデジタル化される要件を緩和したものです。なんと一定の要件を満たせば、スマートフォンで撮影された画像データを保存すれば、紙の廃棄が可能となったのも最近です。また中小企業を対象にした「IT導入補助金」も、2018年度の目的に「書類の電子化」と掲げられているのも、ペーパーレス社会を構築するうえで企業にとって大きな助けとなるでしょう。

 

もちろん、これら行政の後押しは、まだまだ満足できるレベルではありません。日本には法律で「紙での保存」が義務付けられている記録や書類がまだまだ多く残っていますし、規制緩和が立ち遅れている分野も存在します。

 

ですがペーパーレス化への流れは今まで以上に強まり、継続することは間違いありません。その流れに乗り遅れないためにも、すべての企業が今すぐにペーパーレス化に舵を切るべきだと私は考えています。

「ペーパーレス化への移行」が企業の生死を分ける

これから少しずつお話ししますが、ペーパーレス化には多くのメリットがあります。その具体例をあらためて見てみると、「ペーパーレス化に向かわない理由はない」という気がします。私自身そう思っていますし、数々のメリットを理解しながら情緒的な理由で「いや、まだウチは…」と二の足を踏む経営者の方々には、少々残念な思いも感じています。

 

ですがペーパーレス化の潮流は、止まることはありません。それがいつになるかは分かりませんが、ほとんどすべての企業がペーパーレス化を実現している、という状況は、必ずやってきます。

 

思い出してみてください。過去、ビジネスシーンでの連絡手段は電話とファックスでした。「電子メール」が登場しても、旧来の通信手段に固執する人は少なくなかったはずです。「電話なら、リアルタイムで直接話せる」「相手の温度感が分かりやすい」そうしたメリットは確かにあります。ですがいつしかメールが標準的なコミュニケーションツールになりました。現在、メールを一切使わないというビジネスパーソンは、ほぼゼロでしょう。近年ではメールも手間がかかるとばかり、SNSやチャットツールに取って代わられつつあります。

 

技術は常に進化しています。デジタル分野では特に顕著で、短期間のうちに次々と新しい技術が開発され、より便利で効率的なツールやサービスが市場に投入されています。そのすべてを追いかける必要はないでしょうが、ビジネスを加速させてくれるICT技術から目を背けるのも愚かなことです。

 

新たなものに触れるとき、人は半ば本能的な不安を抱くものです。新しい会社、新しい住まい、経験したことのない仕事、仕組みやルール。それらに直面したときに感じる不安は、半ば恐怖感といえるでしょう。そのため「現状でも別に問題はないから」などと、尻込みしたくなるものです。

 

ですがペーパーレス化についていえば、そんな理由でおじけづいている場合ではありません。ペーパーレス化に踏み込むかどうかで、企業の生産性は大きく変わっていきます。一歩を踏み出すかどうか、それによって今後の業績が変わってくる…それほどの違いを生むのです。

 

未だ低迷する国内景気、まだ数年は続く人手不足など、企業を取り巻く環境に好材料はほとんど見られない状況の中、業務の効率化をいかに図るかが「生き残れるかどうか」に直結します。効率化を果たせるかどうかによって、企業の「格差」が生まれ、さらに広がっていくでしょう。そのとき、勝ち組に居続けるための第一歩。それこそ、ペーパーレス化への移行なのです。

大企業は将来を見据え、既にペーパーレス化に着手

ペーパーレス化は企業規模が大きくなればなるほど、その効果も大きくなります。そうしたこともあって、すでに大手ゼネコンではほとんどの企業で電子契約を採り入れています。

 

建設業界でもスーパーゼネコンと呼ばれる大手は、扱う金額もけた違いです。ある会社はペーパーレス化システムの導入によって、年間3億円もの印紙税の削減を果たしたと聞きました。またゼネコンは下請け業者が非常に多く、しかも多岐にわたりますから、ペーパーレス化がより広範囲に広がっていくことも期待できます。

 

またメガバンクもペーパーレス化の一つ、電子契約に踏み切りました。こちらは少子化による人材不足、将来的な競合の動きを見据え「今のうちに効率化・合理化を図っておこう」という思惑があったようです。いずれにせよ、全業種の中でも最もセキュリティに厳しい業種の一角であるはずの金融機関、それも日本を代表するメガバンクがペーパーレス化に舵を切ったというのは、非常に大きなニュースでした。

 

この一連の動きが追い風となって、さらに多くの業界、多くの企業にペーパーレス化の風が吹いてくれれば…と思っています。

デジタル化で「今まで以上に仕事ができる」という事実

前項でお話ししたメガバンクのペーパーレス化導入には、実はネガティブな話もつきまとっています。日本のメガバンク3行が揃って大規模なリストラ策を発表したのです。その総数は3行でおよそ3万2000人。雇用についてはこれまで抜群の安定感を誇ってきたメガバンクですが、ここにきてまったく油断ができない状況になってきたのです。その要因となっているのが、デジタル化の波です。

 

銀行での実務がICTによって自動化・簡略化されれば、そこに「人の手」はいりません。また銀行業では花形であるはずのディーラーやトレーダーといった職種にしても、膨大なデータをもとに心理的影響を排除して判断するAIのほうが、人間以上に優秀だという声もあります。さらにはRPA、ブロックチェーンなど新たな技術も登場しています。そう考えると、ICTやAIによるデジタル化、ペーパーレスによる効率化を推し進めることは、人の仕事を奪うことにつながるのではないか? という疑問も生まれます。

 

確かにデジタル化によって、これまで人の手で行われていた作業が機械任せになる、というケースは多々あります。それによって「人の仕事がなくなる」という表現も、間違いではないかもしれません。

 

ですがデジタル化…ことにペーパーレス化について言うならば、これまで無駄に使っていた時間と手間を、他の作業に振り向けることができるのです。むしろ「今まで以上に仕事ができる」ということになるのではないでしょうか?

 

また機械的に判断できる作業や単純作業をICTに肩代わりさせれば、人は人にしかできないクリエイティブな作業を行えるのです。これは「人の能力をさらに活かす」ことにつながりませんか?

 

「でも、誰もがクリエイティブな仕事ができるわけでもないし…」というならば、ペーパーレス化によって空いた時間を、本人に自由に使ってもらうのも良いのではないでしょうか? たとえば、今まで8時間かかっていた仕事が6時間で済んだなら、空いた2時間は本人に自由に使ってもらうのです。早く帰って家族との時間に当てるも良し、趣味を楽しむ時間にするも良し、資格取得や勉強の時間に費やすのも良いでしょう。それによって心身をリフレッシュできるなら、本人のモチベーションアップにもつながり、生産性の向上にも貢献するのではないでしょうか?

 

何らかの変化が起こるとき、そこにはプラスとマイナスの要素が必ずあります。「良いことづくめ」ということは、滅多にありません。デジタル化・ペーパーレス化にしても、マイナス面はあるでしょう。

 

ですがネガティブな面だけを一面的に捉えていては、最善の結論は引き出せません。ポジティブな面にも目を向け、それを活かす方策を考えてみれば、変化によるメリットはいくらでも作り出すことができるのです。

 

 

 

横山 公一
ペーパーロジック株式会社 代表取締役社長 兼 CEO
公認会計士・税理士

 

本連載は、2018年10月13日刊行の書籍『オフィスの生産性革命! 電子認証ペーパーレス入門』(TCG出版)から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

オフィスの生産性革命! 電子認証ペーパーレス入門

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TCG出版

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