昨年の下請取引ルールの大改正に伴い、発注企業から受注企業(サプライヤー)への代金支払いについては「現金」が原則となった。これまで「手形」を利用してきた発注企業にとっては、支払いサイトの実質的な短縮が求められる格好となり、対応に苦慮するところも多数出てくるだろう。この問題を一気に解決する手段として、電子債権記録を活用した「サプライチェーン・ファイナンス」という仕組みが注目されている。提供しているのは、フィンテックベンチャーのTranzax株式会社。本企画では、サプライチェーン・ファイナンスの仕組みをおさらいするとともに、具体的な導入プロセスを解説する。第3回目は、サプライチェーン・ファイナンスの導入に際し、発注企業、受注企業の双方の事務手続きなどについて、同社常務取締役・鶴田厚志氏とシステム統括部・安喜寛氏にお話を伺った。

導入にあたって発注企業のコスト負担はほとんどなし

――(前回の続き)そのような条件設定を行ったうえで、SPCを設立することになるわけですね?

 

鶴田 そうですね。サプライチェーン・ファイナンスを導入するうえで、業務フローやシステムの変更が必要になるため、その担当者と詳細を詰めていくことは既にご説明いたしました。そのうえで、発注企業から本申込みを頂き、正式にスキームを確定します。

 

申し込みの段階では、会社の登記簿謄本や電子債権記録機関である当社子会社Tranzax電子債権への利用申込書などが必要になります。その後、関連部署の方々を集めての説明会を実施しながら、会計処理の方法なども決定していき、この過程の中でSPCの設立手続きに入ることになります。

 

――SPCの設立に際して、発注企業も出資するわけですよね?

 

鶴田 いえ、当初は発注企業が数%出資するスキームを想定したのですが、現在はチャリタブル・トラスト(慈善信託)を活用して出資の必要ないスキームを採用しています。詳細は割愛しますが、SPCの株を慈善信託することで、支払企業の信用力とほぼ同一のSPCを用意するわけです。

 

そのため、特に発注企業の負担は発生しません。発注企業は、電子債権化された売掛債権の買い取りをサプライヤーが希望した際に、その買い取り資金をSPCに振り込み、自身の電子記録債務を消滅させます。

 

――発注企業は、サプライチェーン・ファイナンスの導入にあたって、ほとんどコスト負担がないのですね。

 

鶴田 そうですね。ただ、支払先であるサプライヤーにサプライチェーン・ファイナンスの導入について説明したり、電子記録債権機関であるTranzax電子債権への申し込みを促したりするのに、一定の労力は発生します。大企業ともなれば支払先は数百社から数千社にのぼります。

 

それぞれの企業にメール等でサプライチェーン・ファイナンスの導入を告知し、Tranzax電子債権に申し込んでもらわなくてはなりません。債権を電子記録債権化するには、債務者と債権者と双方の了承が必要になるためです。必要があれば支払先を集めた説明会なども開かなくてはなりません。それらの労力が発注企業の負担となるわけです。しかし、既存の電子記録債権導入と比べるとTranzaxの仕組みは発注企業の負担を大幅に削減しております。

 

必要書類を揃える負担を軽減する施策も

――その受注企業(サプライヤー)の登録にはどのような書類等が必要になりますか?

 

Tranzax株式会社システム統括部 安喜寛 氏
Tranzax株式会社システム統括部 安喜 寛 氏

安喜 利用申込書のほかに、電子契約サービス利用に関する承諾書、それから印鑑登録証明書や登記事項証明書といった法人確認書類が必要になります。さらに、会社を代表して取り引きされる担当者の確認書類として、運転免許証の写し、または各種健康保険証の写しなど公的証明書類が必要になります。

 

従来は社員証などでもよかったのですが、2016年10月に犯罪収益移転防止法の改正が施行されて、マネーロンダリングや不正送金を取り締まるためのルールが強化されたのです。その一環で、電子記録債権機関を利用する際には、取引担当者の公的証明書類の提出が義務化されました。ただ、皆さまはそのような法律が施行されたことをご存じないので、「本当に免許証まで提示しなきゃいけないの?」と問い合わせを寄せられるケースは少なくありませんが……

 

――確かに、それらの必要書類を揃えるのは、少々抵抗がありそうです……。

 

安喜 それ以上に難解なのが、その会社の「実質的支配者」をご記入いただく項目です。こちらも犯罪収益移転防止法により、会社経営を実質的に支配しているのは誰か?というのを届け出てもらわなければならないのです。

 

完全なオーナー企業であれば、そのオーナーの名前とご住所をご記入いただくだけですが、株式の過半を未上場会社が保有されている場合には、その会社のオーナーの名前を記入してもらわなくてはなりません。ところが、その会社の商号を書き込んでしまわれる方が非常に多い。入力すべきことはわずかなのですが、この項目に関する問い合わせは少なくありません。


――それはWeb上の登録フォームですか? あまり手間がかかると、途中で入力を諦めてしまいそうですが……。

 

安喜 建設業界のなかでいえば一部の工務店はパソコンを使用しておらず、発注企業のやり取りをFAXで行っているケースもあります。そのため、弊社ではWeb上の登録フォームのほかに、紙の登録用書類も用意しています。パソコン上での作業が不慣れな方は、紙で登録を行ってもらうわけです。

 

Web上の登録フォームは入力箇所が膨大なので、途中で入力を中断してウィンドウを閉じてしまっても、IDとパスワードを入力すれば途中から入力作業を再開できるよう配慮しています。ただ、Webの場合も紙の場合も、最終的な契約書の締結は電子書面になります。

 

そのため、サプライヤーには無料で利用できる電子署名サービスにも登録してもらい、ハンコを押す要領で、その契約書にサインをしてもらうことになっています。パソコンに不慣れなサプライヤーは、委任状をご送付いただき、契約書への電子署名を代理させていただく場合もございます。

 

鶴田 先ほどもおっしゃっていたように、発注企業には取引先が何百社もあります。各社と締結する契約書を紙ベースで用意していたら、それだけに大きなコストとなってしまうため、すべて電子書面とさせてもらっています。

 

仮に紙で用意したら、発注企業と取引先とで保管する分も含めて、計4部の契約書が必要になります。それが取引先の社数分だけ必要になる。そのすべてに発注企業がハンコを押す手間と印紙代も相当なものとなってしまいます。

 

取材・文/田茂井治 撮影/永井浩 ※本インタビューは、2017年7月11日に収録したものです。