今回は、造船所や自動車テストコースなどの地図化で見えてくる企業の戦略を解説します。※本連載は、静岡県立高校教諭で、日本地図学会所属の伊藤智章氏の著書、『地図化すると世の中が見えてくる』(ベレ出版)の中から一部を抜粋し、情報の「地図化」の有用性や具体的な事例をご紹介します。

大規模造船所に共通する地形的条件と歴史的背景

前回の続きです。

 

②造船所

中国や韓国に追い上げられてはいますが、日本はまだまだ「造船大国」です。

 

図表1は、「日本の造船所マップ」というWebサイトから、大手造船会社の造船所の位置情報を得て、Google Earth上に表したものです。

 

[図表1]日本の造船所の分布

〈「日本の造船所マップ」より作成〉
〈「日本の造船所マップ」より作成〉

 

日本で大規模な造船所がある地域には、共通する地形的な条件と、歴史的な背景があります。水深が深く、波が穏やかなリアス海岸であること、かつて海軍の工厰(こうしょう)があり、関連する企業や職人集団が集まっていたことなどです。横須賀、呉、長崎、舞鶴などは、戦前は軍艦の工場として、地形図の発行はもとより、通過する列車の中から見えないように海沿いの車窓を遮断したほどに機密保持がなされたと言います。

 

2015年3月、アメリカの富豪がフィリピン沖で沈没した戦艦「武蔵」(「大和」の姉妹艦)の残骸を発見したと話題になりましたが、「大和」は呉、「武蔵」は長崎の海軍工厰で造られました。

 

図表2は、Google Earthで見た長崎湾です。現在の三菱重工長崎造船所にあった海軍工厰で建造された戦艦「武蔵」は、進水式の際に、対岸の集落に1mの津波をもたらしたほどの巨艦でした。しかし、住民に津波の原因は一切説明されず、家屋への浸水に対して、問い合わせや抗議はできなかったと言います。

 

[図表2]長崎港と三菱重工業長崎造船所

ⓒ Google
ⓒ Google

 

戦後、日本の造船会社は物流を支える大型商船を進水させてきましたが、廃業や合併が相次ぎ、現在は、総合機械メーカーとして事業の多角化を進めるところが多くなっています。

ビジネスセンスを磨くトレーニングにもなる地図化

③自動車のテストコース

北海道には、自動車メーカーやタイヤメーカーのテストコースが集中しています(図表3)。特に上川盆地の士別市には、5社のテストコースがあります。札幌から車で2時間半、JRで2時間のアクセスの良さに加え、夏は30℃を超え、冬は-25℃まで下がる気温差を活かした実験や、寒冷地での耐久テストが行われているようです。Google Earthで見ると、大きなレースサーキットのようなテストコースを見ることができます(図表4)。

 

[図表3]北海道に集中するテストコース

ⓒ Google
ⓒ Google

 

[図表4]トヨタ自動車の「士別テストコース」

ⓒ Google
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日本の自動車メーカーは、売り上げの多くを海外市場で上げています。例えばトヨタ自動車の場合、2012年の売上台数871万7000台のうち、国内が169万2000台(19.4%)、海外が702万5000台(80.6%)、うち北米での売り上げが227万4000台(26.0%)といった具合です。北海道の内陸部の極寒な環境は、日本の中では例外的かもしれませんが、北米やヨーロッパでは「日常的」なところもあるはずです。北海道の内陸は欧米市場の大陸性気候の環境を日本国内で再現できる唯一の場と言えるのかもしれません。

 

このように、工場の立地は、物流や敷地、人的資源の確保といった条件に加え、企業の経営戦略によって変わってきます。逆に、そうした「業界の事情」を理解しないまま、自治体がやみくもに企業誘致を行ってもうまくいきませんし、明確なターゲットを定めずに造成して不発に終わってしまった工業団地も少なくありません。

 

工場の分布図は、業界団体のWebサイトに会員企業の工場の住所が載っていますので(図表5)、住所録を分布図に換えるノウハウさえあれば簡単に描けます。なぜこの地域に集まっているのか、海外移転が進む中で、なぜこの工場は国内に留まっているのか、地図を眺めながら仮説を立てて自分なりの答えを出してみるのもビジネスセンスを磨くトレーニングになるでしょう。

 

[図表5]工場の立地と住所をまとめたWeb サイト

本連載は、2016年9月25日刊行の書籍『地図化すると世の中が見えてくる』から抜粋したものです。その後の統計情報等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

地図化すると世の中が見えてくる

地図化すると世の中が見えてくる

伊藤 智章

ベレ出版

世の中には様々な情報が溢れていますが、これらを地図上に落とし込んでみると、いろんなことが「目に見えて」わかるようになるのではないかと試みました。 本書では自然環境・産業・資源・エネルギー・生活と文化・人口の様々…

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