「終身」と謳う老人ホームだからといって、どのような状態になっても最期まで同じ施設で暮らせるとは限りません。本記事では、入居したわずか数ヵ月後、母親の認知症が急激に進行して「当施設ではこれ以上対応できません」と退去を求められた家族の事例をもとに、老人ホーム選びで見落としやすい「終身契約」の注意点について、元介護施設職員でFPの武田拓也氏が解説します。
施設長「申し訳ないのですが…」年金月15万円・78歳母を入れた「終身契約」の老人ホーム。入居から3ヵ月で〈まさかの退去宣告〉に54歳娘が絶望【元介護施設職員のFPが解説】
廊下を徘徊、職員を叩く…入居後に急変した「母の異常行動」
環境が変わった影響もあったのか、入居後のカズコさんに、それまで自宅では見られなかった行動が見られるようになりました。
夜になると、「家に帰らないと……」と言って、廊下を歩き回るようになりました。
さらにその後、「深夜に何度も居室を出入りする」「他の入居者の部屋に入ってしまう」「玄関から外へ出ようとする」「制止した職員を叩く」「『ここから出して!』と大声を出す」などの行動も増えたといいます。
施設側も医師との連携や職員による見守りなどを続けましたが、職員数には限りがあります。カズコさん1人を常時見守れば、他の入居者への介護にも影響が出ます。
「申し訳ないのですが…」入居から3ヵ月、施設長から告げられた“まさかの退去宣告”
そして入居から約3ヵ月後、ミキさんは施設から呼び出されました。施設長から告げられたのは予想もしない言葉でした。
「申し訳ないのですが、このまま当施設で生活を続けていただくのは難しいと考えています」
ミキさんは耳を疑いました。
「どういうことですか? ここは認知症対応ですよね。しかも終身契約だと聞いています」
しかし施設側の説明によると、認知症の受け入れはしているものの、他害行為などすべての症状に無制限に対応できるわけではないとのこと。「現在の状態では、本人だけでなく他の入居者や職員の安全を十分に確保できない」というのが、退去を求める理由でした。
【元介護施設職員のFPが解説】最期まで住めるわけではない「終身契約」
ここが老人ホーム選びで非常に重要なポイントです。「終身利用」「終身契約」という言葉から、「一度入居すれば、どんな状態になっても最期まで住める」と考える人は少なくありません。
しかし実際には、入居契約書には施設側から契約を解除できる条件が記載されています。
厚生労働省の「有料老人ホーム設置運営標準指導指針」でも、入居契約書には契約解除の要件やその場合の対応、介護サービスが提供される場所、内容、頻度、費用負担などを明示することが求められています。
ただし、施設側が単に「手がかかるようになった」という理由だけで自由に追い出してよいわけではありません。標準指導指針では事業者側からの契約解除について、入居者の権利を不当に狭めないよう配慮することが求められています。
つまり重要なのは、「認知症対応かどうか」ではなく、「認知症が重度にまで進行した場合にも対応してもらえるのか」です。
さらにミキさんを苦しめたのが、お金の問題でした。
母が入居していた3ヵ月間には、月額22万円として単純計算でも約66万円かかっています。それに加えて、入居時の引っ越し費用、家具や生活用品、医療費、介護用品なども負担しています。
もちろん、これらの費用は戻ってきません。次の施設へ移れば、再び引っ越し費用や入居時費用が発生します。さらに、認知症が進行して、徘徊や他害行為がある高齢者を受け入れてくれる施設は、以前より選択肢が狭まります。
「母を追い出されたら、私はどうすればいいんですか……」
ミキさんは施設の相談室で涙を流しました。ようやく介護生活から抜け出せたと思った矢先、再び施設探しが始まってしまいました。