家庭を顧みず「夢」に没頭する夫

「甲子園と聞くと、いまも複雑な気持ちになります」

北関東に住む55歳の女性は、そう漏らす。高校野球の指導者で、5年前に離婚した元夫を思い出すからだ。

その熱血ぶりは度を越していた。高校、大学、社会人と野球推薦で進み、引退。その後、社会人チームの母体企業で働いていた5歳下の元夫と、30歳で結婚した。

「次の夢は高校の指導者になり甲子園出場を果たすこと」。

熱っぽく語る姿に当初はひかれたが、実際に、ある公立高校野球部の監督に就くと、まったく家庭を顧みなくなった。

朝練のために5時台に家を出発。日中は教壇に立ち、放課後の練習を終えて帰宅するのは22時過ぎ。結婚して1年余で長男が、翌年には次男が生まれたが、生活がすれ違う日々が続いた。

家計も圧迫された。土日も自らマイクロバスを運転し、遠方まで試合に出かけた。学校から支給される日当は700円で、ガソリン代はほぼ自腹だった。他校との試合の調整や生徒の保護者とのやり取りで携帯電話代がかさみ、月5万円を超えたこともあった。

子どもが学校に呼び出されたり、成績が落ちたりして相談しようとしても、「疲れてる」とあしらわれた。入学式も卒業式も来たことはなく、家族旅行はわずかに4回。それが、20年間の結婚生活の「記憶」だ。

離婚を切り出したのは、まさかの夫から

腹立たしいのは、離婚を切り出したのが自分ではなく、元夫だったことだ。20年3月、コロナ禍で学校が休校になり、家にいることが増えた元夫から突然、離婚を告げられた。

「会話もないし、息苦しい」「俺、病んでるよ」。こっちのセリフを、まさかアンタから聞かされるとは……。思わず笑ってしまった。

春に別の高校に異動が決まり、その前に区切りをつけたいという希望も受け入れ、3月末に離婚届を出した。300万円ほどしかなかった貯金の大半を元夫に断らずに引き出し、実家暮らしを始めた。

離婚して数年後、衝撃の知らせが届く。元夫が異動先の高校で本当に甲子園出場を決めたのだ。「おめでとう」。一応、メッセージは送ったが、当時のこちらの苦労に元夫が思いをはせることもないだろう。

「1人の老後は寂しいのでパートナーは欲しい。けど、もう結婚はしません」