「子どものいない夫婦」で一方が亡くなった場合、その遺産はどのように相続されるのでしょうか。子どもがいないなら、全遺産は自動的に残された配偶者のモノになるのでは?と思いきや、そうではないのです。子どもはなく、遺産は自宅とわずかな預貯金のみというケースで夫婦どちらかが亡くなった場合、残された配偶者はどんな問題に直面しうるのか。また、残された配偶者を守るにはどんな相続対策が必要なのか。行政書士・髙津亮介氏が解説します。
夫の葬儀にかけつけた義妹「私も相続人だから、遺産ちょうだい」⇒もはや自宅を売るしか…“あわや人生崩壊”の妻を救った「亡き夫の一手」【行政書士が解説】
義妹に遺産を要求されるも、渡せるものがない…。「残された妻」の窮地
【事例】
先日夫が亡くなったのですが、葬儀の後に義妹が、「私も相続人だから、遺産をちょうだいね」と要求してきました。私たち夫婦には子どもがおらず、夫の両親はすでに他界しています。私が把握している夫の遺産は自宅不動産と数十万円の預金だけで、義妹にあげる遺産はありません。どうすればよいでしょうか?
なぜ義妹が相続人になるのか?まずは「遺産を相続できる人」を確認
事例を考える上で、まず相続の基本について解説します。だれが相続人になるのか?です。
相続人には順位があり、民法で定められています。
以下、順位が高い人が存命していればその人が相続人になり、その人より順位が低い人は相続人になりません。また、配偶者はどの順位の人が相続人になろうとも、原則相続人になります。よって、『配偶者+第〇順位の人』が相続人になるということです。
<相続人の順位>
①第1順位:
⇒子どもです。子どもが亡くなっていた場合は、孫が相続人になります。
②第2順位:
⇒両親です。両親が亡くなっていた場合は、祖父母が相続人となります。
③第3順位:
⇒兄弟姉妹です。兄弟姉妹が亡くなっていた場合は、甥姪が相続人となります。
では、今回の事例をみてみましょう。
まず、夫婦には子どもがいません。よって第1順位に該当する人はいません。次に、夫の両親はすでに他界しています。よって第2順位に該当する人はいません。つまり、相続人は妻と第3順位の義妹となるわけです。
しかし、義妹の要求どおり遺産を分ければ「生活の危機」に陥る可能性
相続人にはそれぞれ「法定相続割合」というものがあります。簡単にいいますと、遺産をもらえる割合のことで、この割合が民法に定められています。今回の事例ですと、法定相続割合は、妻が3/4、義妹は1/4となります。
義妹が「遺産をちょうだいね」とわざわざ打診してきているわけですから、最低でも遺産の1/4は相続したいと求めてくるでしょう。
仮に、遺産の総額が自宅不動産3,000万円+預貯金20万円=3,020万円だったとしましょう。3,020万円×1/4=755万円は相続したいと求めてくるわけです。
ですが、夫の預貯金は20万円しかありません…。
では、どうやって義妹にこの遺産を分けるのか? 考えられる代表的な方法は3つです。
【方法①】自宅不動産を共有で相続する
自宅不動産は、ケーキのように物理的に切って渡すことは困難ですので、自宅不動産を共有で分ける方法です。この方法では、義妹が755万円分を共有持分として所有することになるでしょう(預貯金20万円は妻がすべて相続することを想定)。
ただ、これからも住み続ける自宅不動産に義妹が持分を持つことは、多くの方が嫌がると思います。
それに、今後妻が老人ホーム等に入居する場合、入居一時金に充てる等の理由で自宅不動産を売却するとなれば、共有者である義妹の許可が必要です。断られた場合は売却ができません。
また共有となった場合、次に妻や義妹が亡くなった時の相続では、妻の血族と義妹の血族がそれぞれ相続することになり、世代が進むにつれ、関係性が薄い相続人が多数共有で保有することになってしまいますから、おすすめできません。
【方法②】自宅不動産を売却する
換価分割といいます。自宅不動産を売却し、お金に換えて、そのお金を相続人で分ける方法です。この方法であれば、自宅の評価は3,000万円あるわけですから、それをお金に換えれば義妹に755万円を分けることは可能となります。
ですが、これまで夫と住んできた自宅不動産を手放し、慣れない賃貸物件等に住み替えるのは大変です。特にご高齢の妻にとっては負担が大きいですし、子どもがいませんので、手伝ってくれる方を探すところから始めないといけないかもしれません。
【方法③】代償分割する
本稿の事例でいいますと、夫の遺産をすべて妻が相続し、妻が義妹に755万円の代償金を支払うという方法です。この方法ですと、自宅不動産は妻単独で相続することができますが、そもそも妻にそれだけの貯金がなくてはいけませんし、仮に貯金があったとしても、今後の生活費に充てるはずだったお金を代償として支払うのは、不安が大きいのではないかと思います。
いかがでしょうか? 上記3つとも、残された妻にとっては厳しい内容となっているかと思います。こうならないための対策について、次に解説します。
残された配偶者を守る方法は、「遺言書」を書くこと
今回のような事例で有効な対策は「遺言書」を書くことです。
できれば、夫婦ともに遺言書を書いておいたほうがよいでしょう。夫婦が共に遺言書で「全財産を配偶者に相続させる」と書いておけば、それが実現するからです。
根拠は「遺留分(最低限の遺産をもらえる権利)」という権利にあります。
例えば、相続人が配偶者と子どもの場合に、遺言書で「配偶者に全財産を相続させる」と書いていても、子どもが「遺留分だけください」と全遺産を相続した配偶者に請求すれば、その分をもらうことができます。つまり、遺言書に書いた内容は、遺留分には逆らえないということです。
一方、相続人である兄弟姉妹には、この遺留分権利がありません。
よって、「配偶者に全財産を相続させる」と遺言書に書いておけば、それが実現することになるわけです。
実は、本稿の事例には続きがあります。相談者である妻は後日自宅にあったタンスから、夫の遺言書を発見することになるのです。その内容は「配偶者に全財産を相続させる」というものでした。
また、付言事項もあり、「支えてくれた妻に感謝する。もし相続で困ったら、専門家に依頼するように」という内容が書かれていました。
想像にはなってしまいますが、自分の妹が遺産の取得を妻に要求してくるであろうことを想定して、遺言書を書いたのではないかと思います。
この遺言書があったことで、妻は自宅不動産含め全財産を相続することができました。
「まだまだ元気なとき」こそ遺言書を書くベストタイミング
子どもがいない夫婦の場合は、遺言書を書くことを強くおすすめします。
遺産が多くあり、分ける財産がある場合であっても、やはり遺言書は必要です。
仮に兄弟姉妹が先に亡くなっていた場合、その相続権は甥姪に代襲します。配偶者と故人の甥姪は関係性が薄く、相続人の人数も増えることが多いため、配偶者が相続人全員を取りまとめて遺産の分け方について話し合いをするのは相当な負担となるからです。
遺言書は意思能力があるうちしか書けません。お元気なときこそ、遺言書を書くべきタイミングであることを、最後にお伝えさせていただきます。
髙津 亮介
こうづ行政書士FP事務所 代表行政書士
現在、2,000件以上の相続実務経験と行政書士の資格を活かし、兵庫県芦屋市で遺言・相続手続き代行サービスを行う。無料の個別相談会やセミナーなども定期的に開催している。