「家族への給与支払い」を経費計上する際は注意が必要です。場合によっては税務調査で指摘を受け、追徴課税に至ることも…。小原崇史税理士(税理士法人小原会計)が、60代・自営業夫婦の事例を基に解説します。
家業を手伝う娘に「はい、今月のアルバイト代」⇒税務調査官「追徴課税です」…地元で細々やってきた60代・自営業夫婦の“致命的ミス”【税理士が解説】
60代・自営業夫婦にまさかの「税務調査」到来
60代・田中さん夫妻(仮名)は、小さな町で長年にわたり雑貨店を営む自営業夫婦です。店の2階に住み、夫婦で力を合わせて店を切り盛りしてきました。最近は大学生になった娘もよく手伝ってくれます。大きな利益は出ていませんが、地元の人々に愛される存在として細々とやってきました。
そこに突然、税務署からの通知が届きました。田中さん夫妻のもとに税務調査が入るというのです。この通知は寝耳に水でした。
「うちは儲かっているわけではないし、確定申告だってきちんと期限内に済ませている。一体なぜ?」
田中さん夫妻は、なぜ自分たちが調査対象になったのか理解できず、不安と戸惑いを感じました。夫妻は地元での生活費を賄うため、細心の注意を払って確定申告を行ってきました。税務署からの問い合わせに応じて、夫妻は税務調査官に面談することになりました。
税務調査官との面談で、夫妻は驚くべき事実を知ることになります。
税務調査の結果「残念ですが、追徴課税が発生します」
不安とは裏腹に、調査当日は和やかな雑談から始まりました。
税務調査官:「ステキなお店ですね。ご夫婦で長年やられてきたんですか?」
田中さん夫婦:「ありがとうございます。夫婦で細々、何とかここまでやってきたという感じですが」
税務調査官:「パートさんとか、他に従業員の方はいらっしゃらないんですか」
田中さん夫婦:「いやいや、パートを雇うほどの余裕はなく…。でもまあ、娘が1人いるんですけど、最近よく手伝ってくれるようになりました。それで結構助かっていますね」
税務調査官:「3人家族なんですね。ちなみに娘さん、今日はいらっしゃらないんですか?」
田中さん夫婦:「娘は大学生なので。今日も講義です」
税務調査官:「娘さん、大学生なんですね。ところで経費についてですが、このお金はなんですか?」
田中さん夫婦:「ああ、それはですね…」
実は、娘に毎月アルバイト代を支払い、その額を必要経費として計上していた田中さん夫婦。2人は《娘が手伝ってくれて助かるわ。お店は回るし、“節税”にもなる》と信じていたのです。ところが…。
税務調査官:「所得税法上、この経費は認められません。残念ですが、追徴課税が発生します」
税務調査で「娘の給料」が否認された理由
田中さん夫妻が娘に支払っていた給与が否認された理由は、娘が大学生であり、専ら(もっぱら)家業に従事していなかったことにあります。
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1. 専ら従事していなかったこと:
娘は大学に通いながら家業を手伝っていたため、その労働時間が不十分とみなされました。専ら従事していると認められるためには、年間を通じて6ヵ月以上、その事業に専念している必要があります。しかし、娘の勤務実態はこれに該当せず、アルバイト的な働き方であったため、専従者としての要件を満たしていませんでした。
2. 適切な記録の不足:
娘の労働時間や業務内容の記録が不十分であったため、専従者としての実態を証明することができませんでした。専従者給与を認めてもらうためには、日々の業務内容や労働時間の詳細な記録を保持し、税務調査時に確実な証拠を提示する必要があります。
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「家族への給与支払い」を経費計上できる条件とは?
所得税法では、個人事業主が生計を一にする家族に支払った給与は、原則として必要経費として認められません。しかし、青色申告を選択している場合、一定の条件を満たせば、家族への給与支払いを経費として計上することが可能です。
以下に、青色申告で「青色事業専従者給与」として家族への給与を経費計上するための要件をまとめます。
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1. 青色申告者と生計を一にする配偶者その他の親族であること:
⇒家族が同じ家計で生活していることが条件です。
2. その年の12月31日現在で年齢が15歳以上であること:
⇒給与を受ける家族が15歳以上である必要があります。
3. その年を通じて6月を超える期間、その青色申告者の営む事業に専ら従事していること:
⇒家族が年間を通じて6ヵ月以上、その事業に専念していることが求められます。
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これらの要件を満たすことで、青色申告をしている個人事業主は、家族への給与支払いを経費として認めてもらうことができます。また、給与の金額や支払い時期などを税務署に届出することも必要です。これは、「青色事業専従者給与に関する届出書」として事前に提出しなければならない重要な手続きです。
白色申告の場合の専従者控除
一方で、白色申告を選択している場合は、「専従者控除」という制度が適用されます。これは定額の控除を受けることができるもので、次の条件を満たす必要があります。
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1. 専従者が事業主の配偶者であれば86万円、配偶者でなければ専従者一人につき50万円:
⇒専従者として働く家族に対する控除額は、配偶者の場合は86万円、それ以外の親族の場合は50万円です。
2. この控除をする前の事業所得等の金額を専従者の数に1を足した数で割った金額:
⇒専従者控除の適用前に事業所得を計算し、それを専従者の数に1を加えた数で割った金額が控除額の上限となります。
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白色申告での専従者控除も、青色申告と同様に、家族がその事業に専ら従事していることが条件となります。このため、家族が実際にどの程度事業に関与しているかの証拠を残しておくことが重要です。
専従者給与が否認されないためのポイント
税務調査で否認されないためには、以下のポイントに注意することが重要です。
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1. 専ら従事していることの証明:
⇒専従者がその事業に専念していることを証明するために、日々の業務内容を記録し、勤務実態を残すことが必要です。例えば、業務日誌や労働時間の記録を詳細に残すことで、税務調査時に確実な証拠を提示することができます。
2. 給与額の合理性:
⇒専従者に支払う給与が「不相当に高額」でないことを確認するために、同じ業務を他人に依頼した場合の給与と比較し、適正な金額を設定します。市場相場に基づいた給与額を設定することで、税務署からの否認を避けることができます。
3. 正確な帳簿の保持:
⇒専従者給与に関する支払記録や労働内容の証拠を残すために、正確な帳簿を保持することが重要です。税務調査時に確認される可能性が高いため、伝票や支払い明細などの記録を整理しておくことが求められます。
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「家族への給与支払い」を経費計上するときは“条件”をきちんと確認
田中さん夫妻のケースのような、家族への給与支払いに関しては注意が必要です。事業の運営において家族の協力を得ることは非常に有益ですが、その支払いを経費として計上する際には、適切な手続きを踏むことが重要です。
必要経費として認められるかどうかは、支出が実際に事業の運営に必要であり、合理的なものであることが求められます。
最後に、確定申告や税務調査に備えて、正確な記録を保持し、適切な手続きを行うことが、自営業者にとっての最良の防衛策となります。田中さん夫妻の経験を教訓に、皆さんも家族への給与支払いに関するルールをしっかりと理解し、適切な対応を心がけましょう。
小原 崇史
税理士法人小原会計 パートナー、公認会計士、税理士
慶應義塾大学環境情報学部卒業。会計士試験に合格後、有限責任監査法人トーマツにて主に監査業務を経験。都内中堅税理士法人で税務業務に従事後、2023年7月独立開業。2024年4月1日に税理士法人化。現在は、スタートアップや起業支援を行っている。