地震や台風が多い日本では、大災害による生活インフラの分断も珍しくありません。被災した人々は復旧まで不自由な生活を強いられることになりますが、近年では車の機能を応用し、災害時の電力供給に役立てる取り組みが浸透しています。※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。
クルマを「電気の供給源」に!? 自然災害大国・ニッポンの人々を救う「自動車+テック」 (※写真はイメージです/PIXTA)

防災訓練では「災害時のクルマの使い方」を学ばない

(※写真はイメージです/PIXTA)
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「災害時、あなたはクルマをどのように使いますか?」

 

そのように聞かれても、すぐに答えが出てこない人が少なくないでしょう。

 

なぜなら、学校や職場などで行う防災訓練では「災害時のクルマの取り扱い」について学ぶ機会がほとんどないからです。

 

その代わり、防災時には「できるだけクルマの利用は避ける」として「クルマを使わないこと」については、テレビのニュースやSNS上に様々な情報が取り上げられる機会が多くあります。

 

なかでもよく話題になるのは、豪雨の際の注意喚起です。

 

たとえば、線路の下をくぐるアンダーパスには水が溜まりやすいため、クルマでの通行は避ける、ということや、川が氾濫してしまうと、道を走行していてもクルマが浮いてしまってハンドルやアクセル・ブレーキの操作ができなくなるため、クルマが船のように流されてしまい危険である、といった注意事項が度々指摘されています。

 

さらには、運転中に周囲の水位が上がり、車内から出られなくなった場合に、専用のハンマーで窓ガラスを割るなどする脱出方法が紹介されることもあります。

 

こうした、万が一の場合の「心構え」という意味でのクルマの防災に関する情報は、徐々に広がっています。

 

一方、豪雨の真っただ中にいるような場合、現時点におけるテクノロジーでは、クルマにできることは限られています。

 

もしも豪雨に遭ったら、まずやるべきは、テレビ、ラジオ、スマートフォンなどを介した気象や交通に関する情報収集です。ほかにも、SNS等を通じて家族や友人と情報交換し、周囲の状況変化を把握することを考えるべきでしょう。

 

なにより災害時には、可能な限り情報を得た状況のなかで「自分の身は自分で守る」という意識を持つことが最優先になります。

災害発生後のことまでを考慮した「防災」

(※写真はイメージです/PIXTA)
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しかし一方で、災害発生後から生活インフラが復旧するまでの間、クルマは大いに活用することができます。

 

代表的な事例として、電力供給網のトラブルによって停電した場合に、電動車を「大きな蓄電池」として活用する方法があります。定置型電池が移動する、そんなイメージです。

 

かなり前から、プラグインハイブリッド車、EV(電気自動車)、そしてFCV(燃料電池車)では、外部に給電するシステムが備えられていました。

 

ところが、ユーザーが外部給電を使う機会は極めて少なく、またその重要性についても、自動車メーカーや自動車販売店がユーザーに対して強く訴える機会は多くなかったのです。

 

そうした状況に大きな変化が起こったのが、2019年9月、台風15号の影響で発生した千葉県内の大規模な停電です。

 

多くの地域で送電線の破損などが相次ぎ、1週間近く停電が続いた地域もあったなど、日常生活に困る住民が多く発生する事態となりました。当時の報道での災害の生々しい様子を記憶されている方も多いのではないでしょうか。

 

その際、日産はEVの「リーフ」、トヨタは「プリウスPHV(プラグインハイブリッド車)」と燃料電池車「MIRAI」を、メーカーの本社関係者と千葉周辺の販売店関係者が停電している地域に持ち込み、電気ポットなどの家電やスマートフォンを充電するための電源として提供するボランティア活動を実施したのです。

 

このように、電動車から外部の電気製品に給電することを「V2L(ヴィークル・トゥ・ロード)」といいます。V2Lには専用機器が必要ですが、プラグインハイブリッド車等のメーカーオプションパーツとして販売されています。

 

車載電池の容量があまり大きくないハイブリッド車の場合でも、近年は、100V/1500W対応のコンセントが標準装備されるモデルが増えてきました。ガソリンエンジンが発電機の代わりになる、という発想です。

 

最近ではV2Lについて、非常時に限らず、アウトドアやキャンプの際に電気ポットでお湯を沸かすなど、カーライフを楽しむための装備としても定着してきています。

 

そのほか、自分の所有者が電動車ではない場合に、ポータブルバッテリーを常備する人も増えてきています。これも、防災とレジャーの両面での需要の高まりが背景にあります。

 

ポータブルバッテリーを活用した防災では、自動車メーカー同士が連携する取り組みも注目されています。本田技術研究所とトヨタ自動車が共同で行った取り組みで、「トヨタが日野自動車と開発した燃料電池車バスから、ホンダの外部給電システムを介し、ホンダのポータブルバッテリーに電気を振り分ける」といった方式で電気の供給を行いました。これをホンダでは「電気のバケツリレー」と呼んでいます。

 

実証実験を重ねた結果、社会実装も始まっており、たとえば福岡県福岡市で防災の観点からこのシステムを2023年度から導入しています。

 

こうした利活用は、さらに全国に広がりそうです。

電動車を自宅の電力システムと連携…「V2H」需要の高まり

(※写真はイメージです/PIXTA)
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一方で、EV等の電動車を自宅の電力システムと連携させる、V2H(ビークル・トゥ・ホーム)の需要も、EV普及が徐々に進むと同時に増加傾向にあります。

 

V2Hを導入することによって、EV車の所有者が、EV車や自宅の太陽光パネルによる発電、電力会社の系統から来る電力などを、一度V2Hシステムを経由させて給電したのちに、家庭内の分電盤を通じて家庭内で電力を使うことができるようになるのです。

 

V2Hは、日産「サクラ」や三菱「eKクロスEV」などの軽自動車EVの購入動機としても注目が高まっています。とくに、自宅の太陽光パネルで発電した電気を電力会社に買い取ってもらう制度(FIT)の契約期間が過ぎた、いわゆる「卒FIT」の対象の家庭では、軽自動車EVを定置型電池として捉えて購入する人が増えてきているためです。

最新ADAS(先進運転支援システム)を活用した防災への取り組み

(※写真はイメージです/PIXTA)
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クルマと防災との関係で、少し視点を変えてみますと、自車カメラを使った地図作成も最新テクノロジーによる防災だといえるでしょう。

 

自車カメラとはドライブレコーダー用カメラではなく、ADAS(先進運転支援システム)のための画像認識用カメラを指します。

 

たとえばトヨタの場合、最新ADAS用カメラで収集したデータを1分間に1回、クラウドへ送信し、トヨタのデータシステムで地図情報を自動生成する仕組みが、すでに量産化されています。2023年6月にトヨタが同社東富士研究所で開催した、次世代技術を紹介する「トヨタテクニカルワークショップ2023」で詳細が明らかになりました。

 

発表によると、従来では交通に関する地図を作るには、各種のセンサーを搭載した特殊車両が実際に走行しながら道路やその周辺の状況のデータ収集を行い、これを一定期間置いて繰り返して実施することで、地図データがアップデートされる方法がとられていました。

 

それに対し、ADAS用カメラからのデータ収集は、市場にある多くの量産車から大量のデータを継続的に得られるため、「ほぼリアルタイム」で各地の道路状況が把握できるのが特徴です。

 

災害といっても、その規模やパターンは様々あり、災害後に一定数のクルマが被災地周辺で走行することも想定できます。その場合、ADAS用カメラを通じて収集された最新データは、国や地方自治体が災害復旧対策を検討するために必要不可欠になるのではないでしょうか。

 

このほか、直接的にはクルマの仲間とは言い切れないと思いますが、いわゆる「空飛ぶクルマ」も防災や災害時に活躍する移動体のひとつになる可能性があります。

 

2025年の大阪・関西万博での社会実装を目指し、国内外のベンチャー企業が技術研究を進めるのと並行して、全日空や日本航空が事業性を考慮した「空飛ぶクルマ」の運用を検討しているところです。

 

「飛ぶこと」に係わる別の事例としては、スズキとダイハツは共同で、軽トラックの荷台をドローンの発着地点として、農業利用と災害時での対応した事業コンセプトを発表しています。

 

今後も様々な観点で、「クルマ×防災」で次世代テクノロジーが活躍することを期待したいと思います。
 

 

桃田 健史

自動車ジャーナリスト、元レーシングドライバー。専門は世界自動車産業。エネルギー、IT、高齢化問題等もカバー。日米を拠点に各国で取材活動を続ける。日本自動車ジャーナリスト協会会員。