老後破産までのカウントダウン
裕二さんの暴力から逃れることができた多田さんでしたが、その後の生活費が問題でした。
多田さんは現役時代、社会保険料抑制のために役員報酬を低めに設定していたこともあり、公的年金の金額は妻の涼子さんと合算し20万円程度です。
終の棲家にする予定で建てた二世帯住宅も裕二さんにそのまま渡したため、賃貸アパートに住むことに。月7万円の家賃を支払って生活していくと、生活費は毎月15万円以上マイナスが見込まれます。
リタイア時には1億円近くあった資産も、多田さん自身の生活費の支出に加え、別居したあとに裕二さんに生活資金として2,000万円を振り込み、弁護士を通じて家の名義の変更などもやり取りして、落ち着いたころには残った資産は2,000万円を切ってしまっていました。
このままマイナスが続いていると、あと10年で金融資産が枯渇することになってしまいます。
もともと家族の食事に経営者仲間の高級な飲食店を使ったり、海外旅行へも頻繁に行ったりと、現役時代の浪費癖が抜けずに苦労していましたが、目に見えて減っていく資金が不安になってきました。
金銭的にはゆとりある老後を送ることができるはずの多田さん夫婦でしたが、息子のために家を手放すことになり、現役のころからの生活習慣をなかなか改善できず、不安な老後を送ることになってしまったのでした。
多田家の根本問題
多田さんの一家にとって根本的な問題は、裕二さんに対し幼いころから欲しいものを買い与えてしまっていたことにあります。
お金の管理は子の幼少期から教えることが重要です。限られた収入の中で支出の優先順位をつける必要性を教えなければ、計画性が身に着かず、思いどおりにならないときに自制が効かず、場合によっては癇癪を起こしてしまうことも。
なにかにつけて親が手助けをすると、自分で自分の問題を解決する力が身につきません。少し問題にぶつかっただけでどのように対処したらいいのか、冷静に問題を分析して対策を考えることができなくなりがちです。
成長したあとも息子が自立していくためと考え、必要以上に援助を続けてしまったことも大きな問題です。特に大きかったのが、ショットバーの開業資金と運転資金をすべて多田さんが出してしまったことでしょう。
子供の独立のために親が開業資金を出すこともありますが、まず子供がしっかり自分で開業資金を準備して、ビジネスプランを作成し集客のプランや必要な経費などを見込み、損益や収支の計画を立てることが大切です。
もし親が援助するならば、親の資金はあくまで元手の資金の一部とし、創業融資を利用して賄うべきでした。資金繰りが上手くいかなくても安易に親が援助することなく、自分で試行錯誤させてみることも必要です。失敗して多額の負債を抱えたとしても、自分でその現実を受け止め対処させることで学びを得ることもできたでしょう。親自身の今後の生活にも支障のない金額をあらかじめ決めて行うべきだったと言えます。
多田さんのリタイア時の保有資産から考えれば、多少贅沢していても一生のスパンでお金の出入りを見える化し、計画的に運用管理していけば、たとえ裕二さんの暴力が原因で家を手離すことになっても、自分達の生活の満足度を落とさずにいることはできたでしょう。
家計が大幅にマイナスしている場合でも、その際になんの支出を優先しなにを削るべきか、支出の優先順位をつけておくことで、家計を見直して対応することができます。
支出に優先順位をつけることの重要性
多田さんのように、現役のころにビジネスを成功させて資産を築いた人も、長い目で見た収入と支出の管理が苦手で老後に不安を抱える人は少なくありません。特に自営業者や現役のころに収入が高かった人は支出も多い傾向にあり、リタイア後にも現役のころのお金の使い方の癖がほとんどそのまま残っていることが多いものです。
ゆとりのある資産を持っているように見えても、長いスパンで収支の計画を立てることができないと思いのほか資産を早く減らしてしまうことになります。
また、親のお金の使い方は子供にも大きく影響します。子供の金銭教育をお小遣いを通じて行うことが大事ですし、そもそも親である多田さん自身が適切なお金の管理を行う必要がありました。
いかにビジネスで成功したり、裕福な生活を送れたとしても、収入が減少しても家計を破綻させることなく対応できるよう、支出に優先順位をつけ、自身の優先順位に基いて支出をコントロールできる家計管理を身に着けておくことが重要です。
小川 洋平
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