(※写真はイメージです/PIXTA)

2015年9月、ニューヨーク市立大学の教授でーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏が、「未来の日本政府あるいは日銀総裁」へ手紙を書きました。その内容について、フィデリティ・インスティテュートの首席研究員である重見吉徳マクロストラテジストは、いま、まさに日本で起きつつある状況が書かれているといいます。その“驚きの内容”をみていきましょう。

クルーグマンが残した「日本のデフレ脱却のための処方箋」

仮に、前頁2点目の【財政再建路線】と3点目の【米国の景気後退】が避けられないなら、どうすることができるか?

 

「2%のインフレ目標達成」のためには、金融緩和を継続するほかありません(→筆者は、企業活動はもちろんのこと、財政再建のためにも2%程度のインフレが必要と考えています。マイナスの実質金利もそうですし、税収のためにもそうです。たとえば昨年度の税収は70兆円を超えています。インフレが直接・間接に税収増につながっているでしょう)。

 

クルーグマン教授による「日本のデフレからの脱却のための処方箋」(1998年)をごく簡単におさらいすると、「『未来』の完全雇用時にもマネタリー・ベースの拡大や低金利政策などの金融緩和策を続けると、『いま』約束することで、『未来』のインフレ期待を醸成し、『いま』の支出を刺激しよう」というものです。

 

以下、その仕組みを「マネタリー・ベース」ではなく、「実質金利」で説明します。

 

[図表5]のとおり、「現在」は、総需要が減退しているために(総需要曲線が【左】にシフト)、総需要と総供給の交点がマイナスになっています。総需要曲線と総供給曲線の交点は「自然利子率」と呼ばれます。

 

[図表5]総需要が低迷して、自然利子率がマイナスの「現在」
[図表5]総需要が低迷して、自然利子率がマイナスの「現在」

 

景気を刺激するためには≒需給ギャップをプラスにするためには、実質金利を自然利子率よりも低くする必要があります。

 

しかし、「現在」のインフレ率がたとえば「0%」だとすると、名目金利は(ほぼ)0%にまでしか引き下げられませんから、実質金利も0%です。ということは、景気刺激はできませんし、[図表6]に示すとおり、そのとき、経済の総需要は【点A】となる一方で、潜在供給水準は(いつも)【点B】ですから、経済にはデフレ・ギャップ(A-B<0)が存在します。

 

ディスインフレあるいはデフレ圧力が生じて、実質金利は「0%」からしだいに高まってくると考えられます。スパイラル的なディスインフレ/デフレです。

 

[図表6]本来は、実質金利を自然利子率よりも低くしたいが、0%までしか下げられないと、デフレ・ギャップが残る
[図表6]本来は、実質金利を自然利子率よりも低くしたいが、0%までしか下げられないと、デフレ・ギャップが残る

 

ただし、「未来」には、総需要が回復し(=総需要曲線が【右】にシフトし)、交点=自然利子率がプラスであると仮定します。このときは、総需要=潜在供給水準ですから、完全雇用が実現していることを確認してください。

 

[図表7]「未来」は、需要が回復して完全雇用が実現していると仮定
[図表7]「未来」は、需要が回復して完全雇用が実現していると仮定

 

この「未来」において、実質金利を自然利子率と同じにすると、インフレを招くことはありません。

 

他方で、[図表8]に示すとおり、経済が正常に戻って完全雇用を回復し、自然利子率がプラスのときでも、実質金利をたとえばゼロ%に据え置けば、需給ギャップはプラスであり、インフレ圧力が生じます。

 

[図表8]完全雇用の「未来」が訪れても金融緩和を続けることを「いま」表明することで、「未来」の時点でのインフレを予見させ、「いま」の支出を促す
[図表8]完全雇用の「未来」が訪れても金融緩和を続けることを「いま」表明することで、「未来」の時点でのインフレを予見させ、「いま」の支出を促す

 

このように、「現在」は実質金利を自然利子率よりも下げられないために、景気刺激はできないものの、需要が回復して経済が正常化し、完全雇用を回復する「未来」の時点において、実質金利を自然利子率よりも低く据え置くことを「いま」表明すると、「将来」のインフレ期待が高まり、「いま」の支出がうながされるというのが、クルーグマンの考えです。

 

また、こうした「未来への確約・コミットメント」こそ、植田和男・現日銀総裁が、1999年当時に日銀の審議委員をされておられたときに強力に推進された「時間軸政策」にほかなりません。

 

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